ゴッフマンのドラマツルギー(観察法)については、実はWikipediaの「ドラマツルギー」の項の記述で足りる。というかウィキには、もともとの「劇作法」としてのドラマトゥルギーないしドラマツルギーの項目がない(Wiktionaryにはあるのかも)。

 

このよくできた、キーワードを中心としたWikiまとめと、英語原書があれば十分としたいところだが、そうもいかないという気持ちもあって一応、訳書を図書館でめくってみた。しかし、この翻訳、応用主題である〈原フィルム:Ur-film〉からすると読まないほうがいい水準。訳者の先生には誠に申し訳ないことだが、新たに翻訳を起こすくらいの気持ちで、参照する本にとどめたい。

 

 

ゴッフマンが繰り出した鍵概念、

 

〈裏舞台 (Back stage)〉/〈表舞台 (Front stage)〉

 

〈 局域外 (Outside)〉/ 〈局域 (regions)〉

 

〈境界線 (Boundaries)

 

〈暗い秘密 (Dark Secrets)〉

 

〈演出への談合〉

 

〈印象操作 (Impression Management)〉

〈顧客サービス〉.、これらの概念を作業概念として使えるようにできれば、それで十分。

 

エルヴィン・ゴッフマンについて深く知る必要も認めない。しかし、彼が提示した演劇メタファーを駆使して人と人の相互的反応が、どのように構成されるかを観察する方法は使える。

 

原題はThe Presentation of Self in Everyday Life。いかにもアメリカ的、と言ってもいいかと。実に実用的でプラグマチック。ヒューミントHUMINT、Human intelligence中心のスパイ研修にも使われたのではないかと思えるくらいだ笑。

 

これを僕らは、対人における「どんでん返し」、見えなかったものが見えるようになる事態と、その社会的反応としての認識プリズム装置拡張への補助概念として使ってみることにする。この〈裏舞台〉は、ゴッフマンが片付けようとした舞台以上に深く複雑であり、生物層(ヒトの基盤を構成する層の一つ)にまで達するだろう。

 

主題と核心的に関連し、真っ向から捉え直すべきはヴィトゲンシュタインだ。

 

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〈原フィルム〉について:メモ1

 

 

 

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