国益 | 編集機関EditorialEngineの和風良哲的ネタ帖:ProScriptForEditorialWorks

国益(こくえき、英: national interest)は、国の利益をいう。江戸中期(宝暦~天明期)にはこの用語が登場し諸藩領国の商品生産や手工業生産における国産品自給自足の思想や経済自立化の思想をあらわす経済概念として使用された。明治期にはおもに経済概念として建議論説類にさかんに利用され、1960年代頃からnational interestの訳語として政治概念として使用されるようになった。――Wikipedia


宝暦は寛延の後、明和の前、1751年から1763年までの期間。天皇は桃園天皇、後桜町天皇。江戸幕府将軍は徳川家重、徳川家治。天明は、安永の後、寛政の前。1781年から1788年までの期間。この時代の天皇は光格天皇。江戸幕府将軍は徳川家治、徳川家斉。


安永と天明の境目、1871年にはウィリアム・ハーシェルにより天王星が発見され(3月13日)、アメリカ独立戦争が続き、イマヌエル・カントの『純粋理性批判』が出版されている。また、中国最大の漢籍叢書「四庫全書」が完成。


明和宝暦が終わるころ、イギリスでは産業革命(1760年代)が始まっている。


天明から寛政に改元される1789年、フランス大革命。


この時代に現れた日本の「国益」の中心概念は、明治以降の近代国家としての国ではなく、いわゆる「クニ=藩」を単位とする国であったこと。


言ってみれば江戸幕府とは、内国「国際」連合の理事長席を置く機関であり、強いて近代以降の用語になぞらえるなら、The United States of Japan:USJとみることもできるという仮説を立ててみること。


近代的な国家意識は「外」からのノックによってしか生起しないという仮説も。

近代国家の三種の神器のうち、江戸が持っていなかったのは「憲法」。


江戸期の「国益」概念をnational interestという外来の概念の訳語としたとき、何が起きていたのか。