久しぶりに駅前にあるお気に入りの大型書店に行きました。
買ったのは超世代文芸クオリティマガジン「en taxi」とジァロン・ラニアー『人間はガジェットではない』、そしてなぜか南極老人の『E判定からの限界突破勉強法』(笑)の3冊だったのですが、レジ待ちしてるあいだに、柱4面に3冊並べて面付けされている本が目に止まりました。
『リストラなう!』と
『課長になったらクビにはならない』と
『仕事のできるあなたが、なぜリストラされるのか-「無差別リストラ時代」の処世術-』の3点が、そろい踏みで置いてあるのが、目に飛び込んできたわけです。
リストラなう!は、去年の春だったと思いますが、業界では話題になったブログの単行本化です。
早期退職の実話なんですけど、実在するかなり有名な出版社が舞台であることは、知る人ぞ知る。かつ、その退職金の額が話題にもなったので、ご存じの方もいらっしゃるかも知れません。
えんじんがこのブログで(本はまだ購入してません)考えたのはリストラとはまた別のことでした。
というか、「リストラってなに?」という、幼稚園児のような疑問でした。
上の3冊目は、これもアマゾンで商品説明を見ただけですが、「リストラは、その人の能力とはカンケイない」ということを言っているようです。
でも、これらの話、どうも変です。
変というか、「リストラ」という和製英語を使ったとたんに、どうも「もしドラ」の「ドラ」を「ドラえもん」の「ドラ」と誤読するようなことが起きているような気がするわけです。
この誤読については、「リストラ本」というワードでググってて見つけた、「リストラ本を書いた本人がクビになる」という記事が、かなり面白くまとめてくれていました。
言ってしまいましょう。
どうして「解雇」という言葉を使わないのか? 「肩叩き」とか。日本語は死んではいませんが、なぜか「リストラ」が前面に出る。
リストラなう!は、リストラが始まった職場の現実を克明に描き出していて、ホラー小説に近いところもあるくらい具体的、現実的です。しかし、それ以上のものがない。「事実報告」であり、文字どおりのレポートなんです。
働くということについての、さまざまな気づきには溢れていても。
どうも変。
で、何が変かに気付いてしまいました。
「労働組合」が、ないのです。
いや、そういう名を持つ団体は、存在しますが、それは名称であって、すでに労働組合ではない。
すでに死んじゃってるわけです。徹底的に一度、死んじまったほうがいいわけです。某労組など、こっちから叩きつぶしに行こうかと思うくらい(爆)。
ついでに言えば「労働者」という言葉が死んでいます。これも、死ぬべきかも知れません。しかし、だからと言って「市民」でいいじゃないかというのも変なのです。
そうか、それかあ、変なのは、それだったんだ、
と気づいて、さらに新しいホラー
を見ているような気分に襲われています。
(続く)
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