インダストリー=産業という言葉の言葉尻にひっかかった翌日、
すぐ近くの道を工事している。例によって、掘削機やらの音がマシンガンの音みたく、そこらじゅうに響き渡っている。なんて素敵な朝(爆)
「建国の槌打つ響き」なんて、スターリン社会主義リアリズムはプロパガンダしまくったもんだが、いまもその呪縛は抜けていないと。というか、産業革命以来の、これは人類の宿命みたいなもんで、冷戦時代も両岸で、同じ槌音が響き続けていたわけで。
インダストリアリズムへの気づきは、けっこうキケンなもんがある(笑)
インダストリアルな顔、仕草、あいさつが、ちょっとコンビニに行くだけで見えてしまう(爆)
ちなみに、「勤勉」の形容詞は、インダストリアスだけど、まあ似たようなもんだ。
「せっせとよく働く」って意味だから。
米国では「インダストリアル・スクール」は、「(非行少年更生のための)職業訓練学校」のことらしい。これ、17世紀ヨーロッパの「救貧院」「施療院」とほとんど同じだろう。そこでナマケモノが、勤勉な労働者に変えられていったという意味で。
だからといって「働く(work)」を否定するわけでは、全然なく。
なぜなら、一般的に「ひきこもって」外に出て働かないのも、家事の手伝いさえしないneatも、「勤勉に」ひきこもり、「勤勉に」にニートしているわけで、いわゆる労働(labor)意欲なんて言葉では、インダストリアリズムの底なしは、測りきれないほど深いわけで。
