あんき 暗記
- ・~する learn by heart; commit to memory; 《詩などを》memorize.
- ・~力が強い[弱い] have a good [poor] memory. ⇒丸暗記
まるあんき 丸暗記 ・~する learn by rote.
簡便な和英辞典によると、「暗記」は、意味も分からず機械的に覚える、記憶すること、のようです。
この「暗記」ということで、いつも思い出すのがこの本。
- 和田式要領勉強術 数学は暗記だ!―受かる青チャートの使い方 (大学受験合格請負シリーズ)/和田 秀樹
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この本の初版は、ごま書房から1990年に出ていて、当時、週刊朝日が「受験界で大論争!数学は暗記か発想か」という特集を組むなど、物議をかもしたものです。
なぜ、こんなに物議をかもすのか? 「暗記」は「記憶」に含まれ、「記憶」の仕方の一部に過ぎません。
きおく 記憶
- memory; remembrance; recollection.
- ・~する memorize; 《覚えている》remember; keep〈a thing〉in mind; 《暗記する》learn [get]〈a thing〉by heart.
- ・~すべき memorable.
- ・~に新しい be fresh in my memory [mind].
- ・私の~が正しければ if (my) memory serves me right.
記憶術 mnemonics.
なのに、この本のタイトルがセンセーショナルだったのは、「数学」という学問に関して正面切って、「暗記だ!」と宣言したからでした。
しかも論争にかり出されたのは、森毅さんなどの数学者。非難囂々になったのは当然です^^;
しかし、暗記は、思考を支えています。記憶と読み替えれば、当然そうなります。
結論から言えば、和田秀樹氏のいう「暗記」は、ガマン主義、精神主義に対するアジテーションでした。
改訂版が出た当時書いた、わたしの古いブログ記事から引用しておきます。
週刊誌の問いは二者択一にするセンセーショナリズム。和田式も真逆に構えてシラを切る意味では、効果的なキャッチフレーズである。正確には暗記に発想は伴われ、発想は暗記に伴われて相互に働いている。インドの九九の凄まじさは、これも歌による暗記によるが、そのおかげでラマヌジャンのような天才数学者を生み出してもいるのである。
入り口として、まったく結構ではないか。和田式。
漢籍を意味も分からないままとにかく朗読させられた湯川秀樹の例もある。
「暗記」は一面に過ぎない。一面だが、そこから始めてあるハードルを越えさせるところまで持っていく方便として使いこなせる教師がいなかった。いいから黙って覚えればいいんだ、という恫喝はあった。
「5分考えてもアタマが動かなかったら、模範解答を写せ。但し、自分の手を動かして書き写すこと」
この、すぐに答えを見ていいんだよ、模範を写していいんだよ、という和田式アドバイスは、実に救いである。
和田式の「暗記」とはこの書写、筆写が本質である。
このマル写し、門前の小僧の謙虚さを忘れないというのは実に良いことである。
本願他力的数学勉強法であろう。
痛ければガマンしなくていいんだよ、というペインクリニックに似ている。
高校生全員が数学者になるわけではないのである。
一個の問題を解こうとすることで、その生徒が何を学ぶのか、その学びの過程にすばやく導入してあげるためにこそ、マル写しが必要で、有効な場面はいくらでもあるのではないかと思う。
数学に関連する「暗記」で、誰もが経験し、毎日のように活用しているのが「九九」です。
「暗算」も、九九の暗記があったから出来るわけです。この暗算の「暗」は、
「暗黙に」計算するの「暗」、つまり紙も鉛筆も電卓も使わずに、暗黙的に計算するから暗算なんだと思います。
他の人からは、どうやって計算しているのか、まったく見えません。
これは「暗黙知」と「形式知」の暗黙にも近いです。
英語で、暗記を、learn by heartというときのby heartは、「暗黙に」と読んでもいいわけです。
九九は、誰でも暗記します。歌うように。
そして、1×1がなぜ1になるのかは、理解していない。というか、1×1=1と1=1の違いは、カンタンには説明できないわけです。
機械的に暗記すべきは暗記する。これなしに、どんな偉大な発想も生まれない。
ただし、理解もせずに機械的に丸暗記しただけでは、そこからの新しい思考の展開も生まれないということは確かなようですが。
この丸暗記の「暗」は、覚えているはいるものの、その「意味に暗い」の「暗」でしょう。
わたしはアインシュタインのE=mc2(二乗)を暗記できてますが、その意味に明るいとは言えないのです(笑)