自分のファッションのことは棚に上げて、
ファッションの歴史とか、最先端のトレンドのことを追いかけている。
たとえば、『読書進化論』。
あれは、読書の進化なんかじゃない。
メディアの変遷を追いかけてるだけのことで。
かと言って、読書の科学と大上段にふりかぶるわけにもいかない。
それは、いきなり脳ミソにシュノーケルカメラを入れるような、
まあ、ホラーコミックになるしかないような難しさがあるから。
読書体験を、記述することから、少しずつ。
ナイーブ・フィジックス。
1970年代から80年代初めにかけて、
読書心理学というのはあって、
読書過程モデルの研究など進んでたし、
読みにおける、スキャニングとか、スキミングとか、
そういう用語は、研究者のあいだではかれこれ30年近くも前に、とっくに確立されていた。
読書中の眼球運動の研究などは、1800年代、つまり19世紀後半には始まっているし。
ただ、そういうことは読まなければ読み取れないし、
包丁を研ぎながら、刺身をつくるような、
そういうニワトリ卵な関係におかれて、
ニッチもサッチもいかなくなった。
実用性なら、エクササイズならなんとか逃げられるかも、ということで、「術」になっていった。だから、読書の科学的根拠なんてものは存在しない。
100メートルを9秒台で走る人がいる、そういう記録が残るだけで。
つまり、読むということは、呼吸に近いものだったりもするわけで、
なぜ、存在するのか?
と問う作業なしには、突破できないような領域に闖入しなければならなくなったりする。
その覚悟がないなら、読書進化論などと、安易に言わぬが仏。
生成と存在の境目くらい、多少とも味わって見ま進化(爆)。
『A6ノートで読書を超速化しなさい』も、
本からのインプットと、そのアウトプットの仕組みがブラックボックス化されていることまでは迫っているが、そこは道具を使いこなす、職人気質風にさらりと駆け抜けている。
けっこうアクロバチックな本です^^
http://x238.jp/