平成25年1月20日(日)
女の子の猫なのだけれど、《ハクくん》と呼びます。尾が長く白竜のようだといういわれを持ちます。子猫時代に野良で、いじめられ目に傷があり、慢性の結膜炎になっています。もうすぐ8歳になります。性格がいいので家中で好かれています。
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「それでは、公の人事部へあなたを登録したいので、この書類に必要事項を書いてください。私の印があるので、提出するだけで認可されるでしょう」
この時、智子さんはハットとした。名前を偽名の田所のままにしていたことに気付いたのだ。こんなに深入りしてから、実は、田所は本名ではありませんと言うべきかどうか、おろおろした時、
「あと、住民票と戸籍謄本を一通づつ添付してください」と決定的な一言で、智子さんは意を決した。公の書類提出さえなければ、田所でしらを切って行けるのだが、戸籍謄本提出では、逃げも隠れもできないと、今回の話は駄目になるのを覚悟で、
「すみません。私、問題があるかもしれません。私は、名前で嘘をついています。本名は、天(あま)と言います。田所は、母の旧姓です。父母は、離婚しているわけではありませんから、母も天です。私だけが、天と言う名を隠して、ずっと田所として暮らしていました。すみません。綾小路先生が、何もかも隠さず話してくださっているのに、私が、偽っていて、こんな性格では、先生のお仕事にふさわしくないのではと思っています」
「あなたが天さんということは、とっくに知っていました。田所とおっしゃた時、きっと天さんという名で苦労なさったと思ったので、別に話題にしなかっただけです。公の文書では、本名通りでやり取りするしかありませんが、書類上の手続きが済めば、田所さんでいけばいいと思います。出入りの先生や薬屋さんも来られますから、天さんであることを知られない方がいいでしょう。その苗字だけでも、霊力の強い人に興味を持たれますから。最近では、特に宗像さんという方に見つからない方がいいとか、S-77さんが教えてくれてます。
一応手続きが済むのに10日くらいかかりますから、6月20日の午前10時から来室してください。そのとき、いろいろ取り決めをしましょう。給与は、25万円からで、経費が引かれて、手取りは20万くらいですが、だんだん昇給しましょう。今日は、2週間分の10万円をお渡しします。ゆっくり休んできてください。書類は書留で送ってください。20日までは、出来るだけ渋谷に近づかない方がいいでしょう。K-30さんは、とても感じの良い方のようですから、彼女の指導に沿っていれば安心でしょう」
名前を偽っていたことが、こんなに簡単に解決して、智子さんは拍子抜けしてしまった。と同時に、霊の交換のすごさというか、何でもお見通しになることが怖いくらいであった。
三時ごろ、マツリ花のお茶を御馳走になり、すっかりくつろいだ気分になったところで、添えられた紅茶クッキーで、紅茶ってこんなにおいしいものかと感心もした。
4時になると、さすがの大雨もやんでいたが、6月の蒸し暑さが始まっていた。道が複雑だからと、JR原宿の駅まで、綾小路先生が送ってくれた。
「先生は、あの大雨でも少しも濡れてませんでしたが、何か秘訣ってあるのでしょうか?」と智子は、少し緊張がほぐれ、外に出て、さっきの自分のびしょ濡れ具合を思い出した。
「そう?私は皆さんと変わらないと思うけれど」とさらりと流された。きっと自分で会得せよということなのだろうと、智子は一つ学んだ。
駅への道は、マンションの立ち並んでいる小路を何度も曲がり、気づくと、原宿の広場に出た。急に視野が広がるように感じる駅前である。一回で覚えられる道ではないなと思えた。
「一回で覚えるのは難しいでしょう」と綾小路先生も同じことを言っていた。「わざと複雑な道でしか来られないマンションを選んでいるのよ。20日近くなったら、あなたのFAXへ地図を送りましょう。しっかり覚えてその紙は、破いて捨ててね。スタートの頃が一番無防備になるので、注意させてもらったけれど、そんなに怖がらなくてもいいのよ。少しはガードさせてもらっているので、宗像グループに捕まることはないでしょう。2週間のお休みの間に、北の方の温泉にでも行って来れば、今は、夏の始まりで、温泉のある山々には、珍しい薬草も生えていてね、それは見事よ。お手並み拝見かしら。ではよい夏休みを、期待しているわ」と先生はにっこりして、手を振り、元来た道に消えていった。


