平成25年1月16日(水)
カンガルーのように、立ち上がって喧嘩をすることがあります。そのグッドチャンスが撮れたら、またカレンダーに応募したいと思います。
*
明日は、どんな服を着て行こうかなと、衣文架けにかかった数少ない服を眺めながら、いつもと同じでいいじゃないのと、自嘲したくなった。四日前は、絶望に打ちのめされていたのに、今じゃ、バラ色の未来があるように思えるなんて馬鹿みたい、と42歳の分別が出てくる。もともと地味なタイプであったので、新たまった服は、黒っぽいスーツのようなものばかりであった。白の長そでに、黒のスカート、ブルーのチョッキで行こうと決めたら、なんだか力が抜けて、11時には、眠っていた。そのまま朝7時まで目が覚めず、6月6日を迎えた。
さあ、今日から人生が変わるかもしれないと思って、外を見ると、大雨だった。2階建ての旧式のアパートなのに、瓦屋根のせいか、雨音が聞こえなかった。雨のせいで、ブルーのチョッキの代わりに、生なりのコートにした。ブルーのような目立つ服でなく、このどこにでも溶け込む色の選択が、あとでどんなに役だったかと、思わされるのだった。
2時に渋谷に着くには、30分もあれば十分な場所にアパートは存在していたが、一時の電車に乗った。少し余裕がある方が、心の準備もできると考えたのだ。渋谷へ着くと、大雨はまだ続いており、コンクリートの上を叩きつける雨の跳ね返りも手伝って、靴もスカートもびしょ濡れになってしまった。大雨のせいか、世間は暗く、人通りもまばらで、陰気な日に見えた。よく見ると、多くの人が黒っぽい服装で、黒い傘をさし、夏だというのに、日本人は黒が好きだなと思わせられた。こんな大雨じゃ、寄り道する気も起きないわ、と占いの館のことがちらっと頭をよぎった。そして、早めに喫茶店に入った。そういえば目印なんかの約束はしていなかったような、分かるのかな。 50歳くらいの婦人ということだけれど、20分も前なんですものまだみえてないでしょう。雨のせいで、店は混んでいた。智子は、二人席を選び、連れが来るからとことわり、カフェオレを頼んだ。健康には、季節に関係なく、温かい飲み物が体にいいと聞き、智子はいつも温かい飲み物を頼んだ。
2時になった。 「いらっしゃいましたよ」と体の中から聞こえる。「どこよ。」と智子は口にした。K-30が「今、傘たてに傘を入れている婦人です」と言う。どう見ても智子より若そうな女の人がそういう動作をしていた。「あの人50歳なの?」「そうです。彼女です。」「私が分かるの?」「S-77が導いてきます。」「これから私との会話は、心で思うだけで、なんとか私が拾いますから、口にしなくていいですよ。」「そうなの。」
どう見ても智子より若そうなはつらつとした女性が、まっすぐ智子の方にやってきた。まだ3メートルも離れているのに、思わず立ち上がりそうになった。知らない人なのに、〈どうしたらいいの、どうしたらいいの〉と智子は、あたふたと気持ちを揺らしていた。「落ち着きなさい。敵ではないのですから」と、声は、頭から聞こえた。敵ではないの一言で、宗像幸代と殺されたと思われる徳川虎次郎の事件が思い出された。彼女は、私を助けてくれる人なんだから、まず落ち着かなくてはと心を鎮めた時、開けて置いた席から「座ってもよろしいですか」という声だけがまず聞こえた。この人50歳なんだという思いが次に続いた。彼女は、美人と言うより、理知的でとにかく若く見えた。
「どうぞ、どうぞ」という自分の声が、遠くに響いて聞こえた。婦人は全然濡れていなかった。やはり黒っぽいスーツを着ていたが、とても華やかに見えた。白いレースのついた薄鼠色のブラウスに、黒っぽいスーツはよく似合っていた。襟元に。ピンクの薔薇の花束のブローチをつけていた。こういうことは、30分くらい話しているうちに気付いたことだった。
「私は、綾小路マリ子と申します。田所智子さんですか」と、問われて、智子はやっと落ち着きを得た。


積雪
