寒くて布団から出られない『まる』
布団におしっこをする『シロ』(嫌がらせか、自己顕示か?)のせいで、掛け布団の上にシートが敷いてある。
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智子一人で、個々の湯飲みなどを洗っていると、心が落ち着いてきて、あたりをゆっくり眺められた。食器棚には、ヨーロッパ製のカップや皿が揃っていた。鍋も大小幾種類もあった。 ここで料理することも多いんだなと思わせられた。どんなにゆっくりしても、お茶のかたずけの時間は知れていて、次は、竹さんに何をするのか聞かなくてはならなかった。
「お手伝いはありませんか?」とパソコンに何か打ち込んでいる竹さんに話しかけた。
「私は今回間に合っているので、恵美先生の写真の整理をしていただこうかしら。そこの茶封筒の中に写真が入っているので、植物とそれ以外の物、植物と何か映っている物の三種類に分けて机に並べて下さる。恵美先生は今ちょっと出ているけれど、一時間くらいしたら戻るので、その後は彼女の指導に沿って、手伝って下さい」と机の上のかなり膨れた茶封筒を指した。写真の扱いに手袋をつけてねとも言われた。
智子は、ハイと答えて、手袋が入っているという引出しから白い手袋を取り出して、茶封筒から写真を全部出した。智子は思わずはっとした。それは、植物園の火事で焼けたサボテンの様子を寫したものに違いなかった。サボテン自身は、青く見えたが、あたりの建物やいすなどが黒焦げであった。300枚近い量で、これは丁寧に見ていかないと、植物かそうでないかの区別も難しそうに思われえた。
この仕事は、初めての植物関係物としては、充実したものになった。サボテンの種類の多さに驚いた。一枚の写真に、10種類くらいあり、これを覚えるのかと、目が回りそうであった。花をつけたサボテンも、半分は燃えたらしく、その姿は痛々しく見えた。植物以外の物は、少なかったが、まる焦げの樋や柱だけの写真もあって、その後それらの写真の方が問題にされていくのであった。初めから、この火事は、放火が疑われていて、それもサボテンコーナーが狙われたと、ここの研究室では
「写真を整理してくれたのね。助かるわ」と、すぐ智子の分類した写真を手にし始めた。
「こんなに育っていたのに、ほんとに残念だわ」と。黄色い花をつけたサボテンを見ながら言っている。
「特別な種類なのですか?」と、智子は聞いた。
「初めて花をつけたのよ。日本では、ここにしかない種類で、私が特に待っていたのに、根は助かったでしょうが、5年ごとにしか花をつけない種類なのよ。サボテンには、そんな特徴のある種類がいくつかあるわね。雨の少ないところの植物なので、花をつけるという生殖作用を少なくしているのでしょうね。その代り本体は長生きするわね」
「先生が撮られたのですか?」
「この公園の知り合いの研究者が撮ったのよ。いつか智子さんにも紹介するわ。生き残ったサボテンがどのくらいあるのか、まずこの写真で見当つけて、私は、明日ここを訪れるけれど、智子さんは、行っても仕事ができないでしょうから、この研究室で、出来るだけこれらの名前を覚えておいてね。参考書は、客室の本棚にあるし、今日、写真に写っている種類は書きだしましょう」
五時からざっと4時間、恵美先生と智子は、写真のサボテンに取り組んだ。これで終わりと言われた時は、すでに9時になっていた。「初日から残業で悪かったわね。でもおかげで仕事がはかどったわ。明日は、私はいないけれど、この名のサボテンを図鑑で詳しく調べて書き出しておいてね。私も何でも知っているわけではないので、あとで参考にしたいからよろしく。気を付けて帰ってね。私は、もう少しここにいるからお先に帰っていいわよ」
智子は、失礼しますと、ことわり、玄関を出た。午後9時帰宅は、スーパーでの残業でもしょっちゅうだったので、気にならなかったが、結局、火事のことや、そこで亡くなった人のことなどの雑談は一つもなかったことに気付いた。スーパーだったら、手を動かしながら、そちらの方で、かしましいだろうに、ここは、学究肌というか知識のレベルがずいぶん違うんだなと思い知らされた。



