平成25年2月3日(日)  

 
 『タロウ』が、ストーブの前で、このスタイルで温まっている。

                     *

 翌日、11時5分前に着き、鍵のかかった扉を与えられている鍵で開ける。部屋に入ると、もう堀越洋子が来ていた。
「お早うございます。早くいらっしゃるの?」と智子は聞いた。
「夏の水やりは、早朝がいいので、8時に来ています。その代り帰りも早いのよ」そうなのかと、智子は納得した。こんな風に毎日何かしら知るのだろうなと思わせられた。
「ここにある植物の名は、全部おぼえているの?」
「そうね、でないと正しい水やりができないのよ。サボテンなんか、一か月水をやらない方がいい種類もあるし、今、外にあるのは、約200種だから、そんなに大変でもないかもしれないけれど、花が咲いたりすると、雑種にならない配慮はいるので、いくつか隔離するのよね」よく見ると、小型のガラスのケースがいくつも重なっておいてあった。
「ここには、けしや大麻も植えてあって、数は国家に登録されているのよ。枯れても簡単に捨てられないの。係官が来て確認して捨てる訳なの。冷蔵庫の中には、貴重な種が保存されていて、植物園に配布することもあるのよ。智子さんは、昨日の続きをするの?今日は、恵美先生が戻ってくるそうよ。頑張ってね」
 智子は、いっぺんに緊張した。写真の整理は、まだ二割くらいしかできてなかった。間に合うのかなと、早速仕事にかかった。面白そうなサボテンの説明を丁寧に読んでいる暇はなかった。二時間、周りのことに目も行かず、集中していた時、洋子がそっと傍に来て、「今日のお昼は、私一人でつくるから、2時まで仕事を続けていていいわよ。恵美先生も昼ごはんには帰ってくるとのことっだから、出来るだけたくさん資料を作った方がいいでしょう」と言われて、智子は、今日の昼ごはん当番だったことを思い出した。しかし佳境に乗ってやれている仕事を離れたくなかったので、洋子の申し出に乗って、「必ずお返しをするわ、今日はお任せします」と言って、台所に向かう洋子を見送り、また図鑑に集中した。二時きっかりに、恵美先生は現れ、智子は、やっと半分の写真に説明をつけられた。
「どう、仕事ははかどった?」と、恵美先生がすぐ智子のところに来た。智子の作った資料に目を通しながら、「良く調べているわ。まとめ方もいいわね。要領よくて、見やすいわ。原文を抜き出してくれているので、翻訳に間違いがあったら直せるのでいいわね。英語は、久しぶりと聞いているけれど、よく訳しているわ。困らないの?」
「とんでもありません。やっとやっています。ただ、高校のころから、英語だけは、成績がよく、不思議です。今回も、多くの種類が、洋書にしかなく、やっと、半分だけ調べ終わったところです」
「今のペースでいいから、確実な資料にしておいてね。私も後で、目を通すけれど、この資料を基本に、伊豆のサボテンの再建がなされると思うから」恵美先生は、そういって、自分のパソコンに向かった。
 2時少し過ぎて、洋子が、お昼ご飯で休みましょうと、みんなに声をかけた。今日は、ホットケーキが中心で、各自にヨーグルトと、いろんな葉物が入ったシーザーサラダが用意されていた。いつもしゃれたお昼だなと智子は感じた。
 食事時間の、一時間は、休みを兼ねているので、テレビがつけられていた。音は出さず、映像だけ流れている。中に、読書をする人もいるからということらしい。
「恵美先生、サボテン公園で盗まれたサボテンは何種類くらいあるのですか?」竹さんがきいた。竹さんは、聞いていいこととそうでないことをわきまえていると思えるので、これはそれほどの秘密でもないのだろう。「15種類かしら、いま、智子さんにまとめてもらっているのは、150種あるけれど、この15種類は、ないでしょうね。幸いここに10種類はあるのだけれど、あの公園で、育ったほどにはいってないので、残念よね。一番かわいそうなのが、苔内さんが守ろうとして、それでも盗まれてしまった種よね。ここには、断片があるけれど、それから芽を出させるには、根気がいるでしょうね。失敗はできないし、路先生も、他の研究機関と共同でやりたいと言って、そんな打ち合わせもあって、なかなかここに帰ってこられないみたいね」
「先生方に危険はないのですか?」と、竹さんが聞いている。
「人を襲うより、研究所が襲われる方が確率は高そう。ここは、研究所と書いてないから、周りの住民の噂にも上がってなく、しばらくは安全でしょう。大学は、厳重な管理下に入っているわ。とにかく誰が何のためにということが分からず、また、研究者以外は、サボテンや植物がそんなに貴重なものと思ってないところがいま一つ警察の力の入れ方にゆるいところがあるわね、路先生は、新薬狙いの危険なグループが力を持ち始めたのではないかと疑っている」
「盗まれたサボテンは、どんな新薬になる可能性があるですか?」と智子は思わず聞いた。
「知らない方がいいでしょう。まだ未知のもので、智子さんは、はやく役に立つ植物を覚えてね。私の専攻が、毒草だと知っているわね。この写真の仕事が終わったら、この研究室にある毒草を絵に描いて資料を作ってみてね。描くことが一番植物を覚えるのに効果的だと思うわ」休み時間でも、半分は、勉強みたいだったが、洋子や竹さんには十分休養になったみたい。昼の片づけは、洋子と二人でした。研究室には、どことなく緊張感があって、そんな仕事をしていても、無駄話はできにくかった。洋子も専攻がないと言いながら、一日中パソコンに向かっていた。
「この資料は、土曜日までに仕上げてくれればいいから、出来るだけ確実なものにしてね。あなたの守護霊が、助けてくれるはずよ。彼女の得意分野だと思うから」と珍しく恵美先生は、笑って智子を励ました。
 そうなのK-30って、サボテンが得意なの、300年前に、イギリスにサボテンってあったのかしら、家に帰ったら聞いてみようと、このところ家に帰っても思い出しもしなかったK-30を頼りたくなった。
        
               

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             平成25年2月2日(土) 

 
『しん』ちゃん、新参者という意味でつけられた名前。この時は、一番最後の猫だったはずが、この後、3匹増えて、今5歳で、新参者でもなくなった。

                     *

 昼食後も、英語の翻訳に取り組みながら、資料をつくっていたが、3時間もするとさすがに疲れ果ててきた。思わず椅子に座ったまま伸びをしていると、
「智子さん、一緒にマツリ花のお茶を飲みましょう」と洋子が声をかけてきた。「クッキーもあるので、15分くらい休みましょう」
 確かに、3時間ぶっとうしで本に向かっていたので、そろそろ頭を休めた方がよい頃であった。誘われるままに客間に行って、洋子が用意してくれたお茶を飲んだ。初めて綾先生に会った時も飲んだなと思い出したので、「先生方は、いついらっしゃるの?」と、聞いた。
「綾先生も路先生もあのサボテンの火事のことで、忙しいんじゃないかと思う。この研究室では、お互いの仕事のことはよくわからないのよ。何でも知っているのは、竹さん、そして一番口が堅い。私はここに3年いるけれど、竹さんの年齢も知らないのよ。必要ないことは話さないわね。いつもふざけているみたいな話し方でしょう」
「伺っていいなら、洋子さんは、何の専門なの?」
「水やりでしょう。肥料の係りでしょう。私自身の専門は、これから見つけるということかしら。大学では、毒草の研究をしていたけれど、それらはほとんど解明されているので、それをただ覚えるだけの勉強で、これから何の植物を専門にするのか模索中というところ。植物に詳しいだけなら、素人さんでも大勢いるでしょう。 先生方は、私が若いと思って、ゆっくり見つければいいと言ってくれているのに甘えているかもね。田所さんは、今まで、植物に触れてないと聞いているけれど、どうなさるの?」
「これから、植物について大車輪で知識を入れ、その後は、先生のご期待に添うよう頑張るだけかしら。本当に何も知らないのよね。そこのスイトピーだって毒性があると聞いて驚いているわ」
「来週の金曜日、家に来ない。姉と暮らしているけれど、その姉がなかなか実力者で、面白いわよ。今後の役に立つかもしれないから、ぜひいらっしゃい」洋子はそれが言いたくて、お茶にしたように思えた。
「まだあまり私のことを知らないと思うけれど、お宅にまで行っていいのかしら」
「姉は、この研究所にも関わっているし、先生方の仲間だから、あなたが知りたいことも教えてくれるでしょう。予定してね」と言うと、「竹さん、お茶とクッキーそっちに持っていくわね」と、いつの間にかお茶の時間は過ぎていた。智子もすぐ自分の席に戻り、また洋書の翻訳に戻った。他に、日本の研究者の図版も参考にして、個々の説明は充実したものになりつつあった。洋書の図版は、写生の図が多く、本当のところ写真と同じものかどうか分かりにくい種類もあった。それにはタイトルにクエッションマークを付けた。
 午後7時になると、竹さんが、終わりにして帰宅するようにと言ってきた。洋子も帰るというので、二人で、部屋を出て、原宿の駅に向かった。「ほんとはこのまま喫茶店によってお茶でもできるといいのだけれど、外でのおしゃべりは先生方に止められていてね。さっさと帰るしかないのよ。それで、家に来てもらおうと思ったの。その訳も家で話すわね。じゃ気を付けて帰って、また明日11時に出社してね」
 智子は、JRの電車に乗ったが、洋子は、別の方向に歩いて行った。家に帰ると、途中で買った出来合いの総菜を並べ、テレビをつけ、まだ2日しか通ってない研究室のことを思った。家に帰ると、スーパー勤めの時間の方がはるかに長かったので、今の現実が夢の中のように感じられた。植物の何を学ぶというのだろうと思うと、先日買ってきた植物の本を改めて開いた。前読んだよりは、よく理解できる。植物の通り名ならほとんど覚えだしていた。それぞれには学名があるので、それも覚える必要があるのだろうと眺めていた。 
         
       
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            平成25年2月1日(金) 

 
寒い日、『タロウ』と『まる』(左が頭)は、お互いを温めあって、眠っている。他の猫は、それぞれ温かい場所を見つけて一匹で眠るのだが、『タロウ』がいつも誰かとくっついて寝ている。6.4kgある大猫なのに、一番甘ったれ見たい。夫の膝で眠るのも『タロウ』だけ。

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 翌日から、午前11時に出勤するように言われた。普通の会社より2時間は遅いなと、思ったけれど、それなりに理由はあるのだろう。今に分かる。そう思うしかない変わった環境であった。
 11時には、竹さん、洋子さんがいたが、先生方は見えなかった。智子は、二人に挨拶をしてすぐ、恵美先生に頼まれた昨日のサボテンの種類を詳しく調べる仕事にかかった。11時という時間は、すこしの余裕もないと思わせられ、無駄話ができないと、さっさと仕事に取り掛かるのだった。
 本棚から専門書を抜き出す。サボテンの専門書は、イギリスの洋書に多かったので、英語の説明を翻訳しなければならなかった。智子は、学校時代、英語の成績はよく、他の学科をがんばれば、四年生の英文科にも行けたのだろうが、社会が不得意で、いつも全体の成績を落としていた。おまけに国文科を専攻したので、英語に触れるのは久しぶりだったが、本を広げ、辞書を使えば、なんとか本文が読めた。学校を離れて、20年以上たつのに、結構覚えているものなのだなと、気持ちが楽になったが、これはイギリス人のK-30の能力のおかげだということまでには思い至らなかった。まだ彼女の霊を日常的に意識するほど親しくはなかったのだ。
 サボテンは、気軽に触れる植物ではないので、これまで、観賞どころか、意識すらしたことがなかったが、とても面白い性質があることが分かり、アパートで育ててみたいなという気になった。
 午後二時になると、竹さんが、お昼にすると言って、客室に集まるよう言ってきた。今日は洋子さんを入れて3人である。今日もサンドイッチであった。中身にハムとか卵がはさんであり、ポテトサラダとは違った雰囲気になっていた。サラダの代わりに、キノコのスープが用意されていた。さっきから美味しそうな香りがすると、漠然と思っていたのは、この料理だったのだと分かった。
「いつもお昼は、2時から3時なのよ。おやつも兼ねた時間で、その後、何か食べたかったら、コーヒーは、自由にあとクッキーなどでお腹をなだめてね。お昼を用意するのは、私たち3人が順番制で受け持つことになっているの。明日は、智子さんが用意してね。たいていサンドイッチなのだけれど、一品何か冷蔵庫の材料で作ってみてね。材料は、十分間に合うよう私がいつも補充しているので、買ってこなくていいわよ。初めてだから、洋子さんも助けてやってね」と、竹さんは、話をしながら スープをカップに入れ、サンドイッチの皿をセットした。
「智子さんの今している資料調べは、とても重要よ。ゆっくりでいいから、確実に調べてね。この研究室は、東京農水大学の付属になっていて、大学の学長さんが代表になっているのよ。先生方はその大学の研究員兼教授と準教授ということ。植物から将来性のある医薬品や食料の保存剤などを見つけるようなことが主な研究なのだけれど、植物には、毒や神経をマヒさせる成分を持つ種類が多いので、勝手なことはできないように、この研究所は、政府の管理下に置かれているの。その責任を大学が持っているというわけね。20年前に設立されて、今までにずいぶん役に立つ発見をしてきたのよ。当初からいるのは、綾先生と私ね。今までは、あまり心配なことはなかったのだけれど、先日の植物園の火災などから、ここの管理も厳重になってきているのよ。智子さんは、来るべきしてここにきているとのことなので、私たちも気を付けるけれど、智子さん自身も、この研究所のことは話さない方がいいわね。ご両親などあなたを心配している方々には、大学の先生方の自費出版の手伝いと言っておいてね。この研究所の表札見た?」と、竹さんがにやりとして聞いた。
「カバ出版社」と書かれてありました。
「そうバカの反対」
「え、そんなストレートな意味なのですか。私は樺の木の事かと思いました。植物を研究していると伺っていたので」智子は本当にびっくりして言った。
「私が、20年前につけたのよ。綾先生が名前がないと人の出入りを怪しまれるから、というので、つけたのよ。登記もせず、ただの名前。それでご両親も納得するわよ。先生方の自費出版というのは多いから。智子さんのお父上は、数学者だったわね。言い過ぎると、仲間からそんな出版社を使ったことがないとばれるかしら」
「父は、私にあまり関心を持っていませんから、心配いりません。まだ結婚してない弟の方が気になっているみたいです」
「そう、この頃結婚しない若者が増えているわね。洋子ちゃんも適齢期なのに、その気もなさそうで、日本は大丈夫なのかしら」
「竹さんは、私と二人になるといつもこの話ばかり。私は、今充実しているのだから、しばらくほっておいてください。綾先生も結婚したらこの仕事はできないといっているじゃないですか。私の水やりも大事な仕事なのですよ。植物といえども、食べ物係りに期待しているのが分かりますよ」
「そうね。これから難しい夏にかかるから、洋子ちゃんがいなくなったら、先生たち困るわよね。智子さんも水やり覚えてね。私は、この仕事は覚えそこなってしまってね。大きいことは言えないのよ」
 智子は、二人のやり取りを聞いているだけだったが、少ないスタッフなのに、面白い仕事場だと思えた。

              

        
                           
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