平成25年2月10日(日) 

窓から陽が入り込んで温かい布団。丸まっている中に『シロ』が入っていて、茶猫と仲が悪いのだけれど、気づいていない。『よっちゃん』は、『シロ』がいることを知って、わざとここで寝ている。

                     *

 日曜は、朝から雨が降っていた。梅雨の時期だから、雨が降って当たり前なのだが、最近の智子の環境の変化は、あまりに劇的で、日々の天候にあまり関心を持つこともなかった。さすがに日曜日なので、この日はなにをしようかと雨に閉じ込められた一人暮らしで、ふと考えるのであった。前は、週間の忙しさから、休みの日は、寝ることと、たまった家事の片づけに追われていたので、時間が余るということがなかったのだが、この頃、残業がない分、家事をためることもなかったのだ。
 智子は、手芸的なことは関心がなく、今日のように時間がある時にすることと言ったら、読書かビデオを見るくらいしかすることはなかった。
 まず、植物の名を覚えなくてはならないのだと、気づき、三冊買った植物図鑑の役に立つ植物を読み切ることにした。よく見ると、結構道端や公園で見る植物たちだったので、スルスルと頭に入った。身近な植物が役に立っているのだと教えられて、興味が湧いた。今まで知らない花の名にも拘らず、すぐ覚えられた。植物学は、智子に向いているのかもしれないと思ったりした。
 月曜日には、10時に出社した。11時では遅すぎる気がしたからだ。かつて勤めていた会社は、8時半出勤であった。しかし、世間は9時から始まる会社が大半で、8時半では、社員の大半が、お茶を飲んだり、新聞を読んだりと、30分を無駄に使っていた。
 堀越洋子は、いつものように早く来て、植物への水やりを終えていた。めずらしく恵美先生も出社していて、智子に、先週からかかわっていた植物のいくつかを質問してきた。それらにすらすら答えられる智子自身、驚くほどであった。「田所さんは、物覚えが早くて助かる」と恵美先生に言わせている自分が信じられないくらいであった。
「土曜日に、東大植物園に行きましょう。夏にかけて、いろんな植物が花盛りなのよ。洋子さんも一緒にね」と言われた。洋子は返事の代わりに、智子にウインクしてきた。何の意味だか智子は分からなかったが、にこっと笑ってお返しをした。
 恵美先生は、そう言うと自分のパソコンに向かい、研究結果をまとめ始めている。毒草が専門だというので、智子は覗いてみたかったが、自分への宿題が期日に間に合うのかと思われることに気付き、人のことに構っていられないのであった。研究室のサボテンを金曜までに覚えること。サボテンは、温室に入っていた。水蒸気が上がって、ガラスが曇っていて見えにくい設備もあった。よく見ようと、ガラスを拭いていると、洋子が寄ってきて、
「温室のサボテンは、触ったりしないほうがいいわよ。とげが刺さって、抜けにくい種もあって、不快になるから。とげに毒のあるサボテンはないと言われているけれど、よく知ってから、手に触れる方がいいわね。サボテンで、毒のあるところは、本体の部分だから、それに本当のところ、アルカロイドの強い種類は少ないのよ」
「洋子さんのお宅のテーブルにも赤い花の咲いたサボテンがあったわね」
「あれは、月影丸という日本名で、メキシコ原産で、昭和30年代に日本に紹介されて以来、人気のあるサボテンらしいわ。花付がよくて、長生きの上、あまり手数をかけなくていいのよ。姉は、まめではないので、美恵先生が、勧めて下さったの。温室のような所を嫌うらしいので、部屋で咲かせるには合っているのでしょう」
「この研究室で一番値打ちのある種はどれですか?」智子は、こうなったら洋子を頼りに要領よく進めようと思った。
「ベランダの温室の中には、コレクター垂涎種類が5種類入っているし、後、冷蔵庫の種かしらね。ベランダは、木製のように見えるけれど、本当は金属の垣根で囲われていて、外から入ろうとすると電流が流れるのよ。そうして泥棒から守っているので、この小さな温室に、値打ちのあるサボテンもある訳。もっとも、このくらいのサボテンは、どの植物園でも見られるらしいけれど、ここは、研究室なので、これを使って、性質を調べているのよ」洋子は、自分の研究課題を見つけられずにいるということだったが、こうして智子に関わっていることで、自分の道を探っているのかもしれなかった。その姿勢は、智子も見習いたかった。きっと智子も何かの植物の専門家になるべきなのだろうと思わせられているからだった。K-30が調べていた植物とはなんだったのだろうとふと智子は、考えた。もともとこの道へ誘い込んだのはK-30であって、彼女が成し遂げられなかった植物との関わりを智子の体を借りて完成させたいということだったのだったな。と綾小路まり子先生の言葉を思い出していた。

            
   

    

ペタしてね

         平成25年2月9日(土) 
 

『シンちゃん』と『ハククン』が布団の上で寝ている。しんちゃんは、甘ったれで、いつも八ククンか『まる』にくっついている。

                     *

「田所さんは、犬は平気ですか?」と、洋子に聞かれた。
「はい好きです」と智子が答えると
「じゃパティを連れてきましょう」洋子は、奥の部屋の方に行った。少しして、床を踏むコツコツとした音と共に、茶色のトイプードルが現れた。智子はすぐ、犬の方に行って、手を出して、「いい子ね」と語りかけた。
「その子は、パティという名の女の子よ」と華子も嬉しそうに笑みを見せている。「お客様の中には、犬の毛などにアレルーギー反応を起こす方もいるので、皆さんに聞いてからパティを出すようにしているのよ。パティもそのことを理解していて、私たちが呼びにいかなければ、騒がないでいてくれるので助かるの」
「賢い犬種ですよね。プードルは、抜け毛の問題はない犬だと聞いていますけれど、アレルギーの方には、駄目なのですか」
「それは人によるようだけれど、そういう方にとっては、全て犬ということでしょうね」と、華子が答えた。きっと華子の犬なのだろう。
「犬に触るのは、二年ぶりです。保険会社に勤めていた時、会社で犬を飼っていて、食事の世話などは私がしてました。部長さんの犬だったのですが、なぜか会社に連れてきていたのです」
 パティーのおかげで、落ち込みそうになっていた智子の気も晴れ、楽しい食事会になった。明日は、土曜日だけれど、研究所の休みは、日曜だけだったので、出勤しなくてはならないため、9時過ぎになって、帰った方がいいだろうと名残惜しくわかれた。くれぐれも気をつけるよう、くどいほど言われて、ついこの間までは、午前様まで働いていたのにと
笑いたくなるほどであった。
 日曜に、中祐一という作家の本を捜してみよう。と寝る前に考えたが、すぐ睡魔に襲われ、あっという間に寝てしまった。
 その直後、K-30が智子から離れ、S-77を中心にした堀越、今井、竹内らの精霊の集会に出席した。いまだに宗像の存在が分からないということと、サボテンを誰が盗んだか見当がつかないことが問題になっていた。また係りの研究者が亡くなったことは、今井恵美にとって、いまの研究に遅れが出るということも分かった。
 堀越家は、家族ごと同じ家族霊から成り立っている珍しい家系で、それも日本の地霊なので、宗像に一番近い霊であるが、堀越の霊が気配も感じられないということは、よほど離れたところに居るということなのだ。さしあったって、まだ霊に疎い智子に危険なことはないだろうとK-30は、仲間に元気づけられた。
 今井恵美の祖先は、400年前の中国の漢方医の娘で〈りゅう〉という名で、漢方医と結婚して60歳で亡くなっている。それでいま仲間にR-60と呼ばれている。竹内の霊は、インドのヨガに強い、アリャールという名の男性霊で、A-50という。どの霊も感度は強く、そのおかげで、研究所や、堀越のマンションも守られていた。彼らが宗像の存在をつかめないことやサボテンの火事の実態を見抜けないとしたら、よほどの霊が関わっていると思えた。K-30は、こうなったら、いざという時、天使ケルビルを呼び出そうと心した。

          
            
                                  ペタしてね

            平成25年2月8日(金)   

 
 『まるちゃん』の寝顔

                      *

 お姉さんは、なかなか現れなかった。10分以上して、ラフな姿の背の高い、年は40歳くらいの素敵な女性が入室してきた。部屋に入るなり、テーブルにつき、智子の方を見て、「今井先生の助手になられるそうね。素敵なお仕事よ」と、本当にみんな私より私のことをよく知っていると、智子は改めて感じながら「田所智子と申します。初めまして、この度は、お食事のお誘いを受けて、お邪魔してます」と、同年齢らしいのに、こんな挨拶でよかったのかと思いながら、お辞儀をした。
「これから仲良くなりましょう。あなたのことは、今井先生や、洋子から聞いていますから、私たちは、智子さんのことをずっと前から親しく思っているのよ。この部屋では、遠慮はいらないわ。私のことをざっと言っておくと、名前は、堀越アデール華子というのよ。アデールというのは夫の名字なのだけれど、10年前にがんで亡くなってしまったの。それまでは、スイスに住んでいたのだけれど、子供もできなかったので、一人で外国に居てもつまらないから、五年前に日本に戻り、このマンションに妹と住むことにしたのよ。私は、よく友達を呼んで、パーティをするくらいだから、遠慮はいらないわよ。今日のフォンデュという料理は、スイスの田舎料理で、鍋には、とけたチースとワインが入っていて、パンから野菜まで、ここに用意された食材にチーズを絡めて食べるのよ。天ぷらに似ているわね。この料理には、ワインが合うのよね。洋子、この料理久しぶりだわね」
「お姉さん、あまり家に居ないじゃないの。今日は、ゆっくりするというので、智子さんを呼んだのよ。いろいろ教えてあげてね」智子が知らない何かがこの姉妹の間で、打ち合せされているようであった。
 「小説を書いていらっしゃるということをお聞きしましたが、ペンネームをお使いということで、よかったら教えていただけますか」
「中祐一という名で、ファンタジーものなの。そうゆう小説読まれますか?」
「いえ、ちょっとファンタジーの小説は読まなかったと思います」
「これは、小説と言ってもゲーム好きの若者用に書いていて、奇想天外、まさに夢物語なのよ。書かれた漫画と言えばわかるかしら。この世界は、すごくお金になるわね。これは、マンション維持費や旅行費などに使っているのよ。このマンション、維持費が高くて、毎月結構費用が掛かるの。ファンタジーもので有名になっても世間的に知られないからすごく楽ね。中祐一という名で、小さな部屋を借りて仕事場にしているの。だから出版社の人たちは、このマンションの存在を知らないわよ。この部屋は、素敵でしょう」
「はい、外国に来たかのように思いました」
「私は、夫の関わりで、ヨーロッパからの友人も多くて、隣に和室も作ってあって、彼らがたびたび泊まるのよ。この居間は、食事したり、歓談したりするのに便利に使うの。あのステンドグラスは、スイスから持ってきた記念品。あそこを見てると、スイスでの暮らしを思い出すわ」
「ちょっとお姉さん、話は、そのぐらいで、食事を進めましょう」
「そうね、では、新しいお友達に乾杯しましょう。今井先生は、今サボテンから新しい薬品を作ろうとしているはずよ。智子さんの力が必ず役に立つはずよ。みんなそう言っているわね」
 智子は、久しぶりに[買い被り]という言葉が頭に浮かんだ。みんなはどこからそんな能力があると思っているのだろう。私自身が知らないのに、実際、大学も大したところを出てないし、もっている資格は、何の役にも立たないし、と、いつも落ち込むパターンへと入りこみそうになっていた。
         
    
                                  
ペタしてね