平成25年4月10日(水) 


仲良く熟睡・『タロウ』(右側)が特に甘ったれで、寝る時、どの猫かとくっついている。
 (蝦夷錦)という名前の椿・赤、白、斑の三色が咲く、大事な木。

                     *

 洋子は、姉の華子さんとの話が済むと、智子に彼女の注意事項を伝えてくれた。
「姉が思うに、あの火事は、私たちが泊まっているものとして、放火されたのではないかというのよ。あの宿泊券は、竹さんからもらったでしょ。竹さんも誰かからもらったものらしいのよ。今思い出したんだけれど、竹さん、あの喫茶店でお茶を買っているのよ。体の弱い息子さんに効くとかで、綾先生に内緒で、この頃あの喫茶店に寄っているみたいなのよ。お茶を買うだけらしいけれど、その時あの宿泊券がくじで当たったとか言っていたようだったわ。それをくれたのよね。もしかしたら、竹さんに当たるように細工されたくじだったかもしれないわね。明日は、朝食を済ませたらすぐ帰って、姉と話しましょう。綾先生と恵美先生が帰っているといいのだけれど。姉が、先生と連絡を取ると言っていたから、その結果も聞きたいし、明日いろいろわかるでしょう。今日はこの辺で寝ましょう」食事はいつの間にか終わっていて、布団の用意も済んでいた。せっかくの旅行だったのに、なんだかこれからの危険が迫ってくる予兆を知らされる始まりのようだと思えた。
「竹さんは、今回自分では知らない内に、宗像女史に取り込まれていますね」と布団に入って、この先のことを考えていた智子の頭に、K-30 の声が響いた。
「竹さんが、我々を殺そうというの?」
「竹さんにはそんな気はないのですが、暗示をかけられているのですよ。旅行を勧めたのは、竹さんでしょう。それも行先まで指定してましたよね。そうするよう


           平成25年4月9日(火) 

『シロ』ちゃんも窓際の温かいところで気持ちよさそう。
 
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 高尾山の千メートルもない山でも、山登り歩行は、それなりのリズムを持つ必要があった。街中を歩くようなスピードを出すと、息継ぎが間に合わず、アラフォーも中過ぎの智子は、息が上がって苦しくなった。まだ三十になったばかりの洋子でさえ、ハアハアと言っている。
「こんな山でもきついですね」と洋子が言って、十分ごとに休んだ。山頂に近かづくにつれ、すみれや春の野草があちこちに見えた。そのため休み休みの登山になった。観光客は、大方は、ケーブルカーを使うので、洋子たちは、ほとんど人に出会わなかった。山では、人に会うと、知らない人にでも「こんにちわ」などと言うのだが、高尾山では、丘のようなもので、挨拶するようなことはなかった。それで一層ゆっくり周りの景色を堪能できた。登山の中程になった頃、横道が見えた。洋子はあたりをうかがってから、その道へ入っていく、智子もついていくと一本の大きな木に行きついた。裏へ回ると、根元の方に大きなうろがあって、その中に『ヒカリゴケ』が見えた。エメラルド色の苔が、光ったように点在している。
「素敵でしょう。たぶんこの場所は、ほとんどの人が知らないわね。道から見えないし、この木は生きているから、こんなうろがあるとは森林監督の人も気が付かないでしょう。ずっとここにあってほしいわ」
「本当にきれいな色なのね。苔って、普通の種類も育てるのは難しいわね。湿度があればいいというだけではなさそうで、『ヒカリゴケ』もここから動かしたら、消えてなくなるでしょうね」
「私は、ここへは、五年前に来たのだけれど、まだ残っていてホッとしたわ」智子たちは、本道から離れたこの場所に、30分くらいいて、写真を撮ったり、絵を描いたりした。あたりには、イカリ草やすみれが二~三種見えた。
 本道に戻り、また息継ぎをコントロールしながらやっとケーブルカーの終点地に着いた。そこには、多くの観光客がいて、眼下に見える景色を楽しんでいた。頂上には、蕎麦屋が何軒かあって、グルメの店もあるらしいのだが、二人は、見かけのよさそうな店でお薦めのそばを食べた。もともと二人は、外食をすることが少なかったので、外での食事は、何でもおいしく感じた。
「今晩の宿はやはり、相模湖に着いてから決める?」と智子が、若い洋子を頼りに聞いた。
「私が、一度泊まったところがあるけれど、落ち着いたところだったし、食べ物も山菜や湖の魚で珍しい食事だったから、そこでいいんじゃないかしら」洋子は、こういう事に長けていた。
 午後三時には、湖畔に着いて、二人はゆっくり湖のそばの公園で休んだ。洋子の推薦の宿は、すいていて、飛び込みでも宿泊可能であった。それでも半分くらいは、観光客はいた。湖の見える和室に案内されて、まだ明るい夕日の中の相模湖を窓から楽しめた。
「お風呂に入りましょう。それからお食事をとりましょう。今日は、疲れたでしょう。きっと本当に疲れが出るのは、明日かもしれないけれど、お風呂でよく休めば、すこしは、回復するでしょうから」
 智子は、久しぶりに、こんなに歩いたと思った。特に研究室に入ってから、机に向かうことが多く、よく歩けたものだと我ながら感心するくらいであった。食事をとりながら、今日ここにいることを竹さんに言わなくていいのかと、洋子に聞いた。洋子もそのことを気にしているようで、
「宿泊券までくれたのに、その場所にいないことが分かると、大騒ぎになるかもね。やはり、この場所のことは、食事の後電話しましょう」
 二人は、そのことが気になって、食事に集中できないでいたが、時々
この山菜料理はどう作るのかしらと、料理の研究家になりつつある洋子には、気が惹かれるものがあったようだ。智子は見るともなくつけてあったテレビを見ていると、火事の実況中継のようなニュースが流れていて、また火事が起きているのだなと他人事のように見ていると、熱海の旅館だというメッセージが耳に入った。思わず洋子と顔を合わせた。「宿泊券の旅館じゃなかった?」と智子は、洋子に気付かせた。
 夜の八時の、まさに実況中継で、大きなホテルの和室部分が燃えていた。智子は、思わず震えを感じた。洋子も同時に同じことを感じたようだった。その時、洋子の携帯電話が鳴った。二人で、その電話をしばらく眺めていたが、洋子が思い切って出た。竹さんからの電話だった。
「洋子です。今、あのホテルの火事をテレビで見てます。そうなんです。泊まっていないのです。竹さんに悪いとは思いましたが、実は、サボテン公園に行かなかったのです。高尾山に登って『ヒカリゴケ』を智子さんに見せたのです。二人とも元気です。明日、早く帰ります。本当にごめんなさい。智子さんに代わりますか」と、洋子から電話を渡された智子は、竹さんに、洋子と同じようなことを言って、洋子同様、すみませんと謝った。
「竹さん、すごく心配していたわね。・・・でも私たちがあの旅館に泊まっていたら、どうなったのかしら、和風の部分だけで鎮火しそうだけれど、なにかよからぬたくらみを感じるわね。竹さんが絡んでいるとは思えないけれど、この旅行は、本来は熱海に行って、あの旅館に泊まることになっていることを知っている人がいるかもしれなかったとは思えない?」と洋子は鋭い目をして、遠くを見た。智子も、この頃油断していたけれど綾先生に、宗像女史は、そう簡単にあきらめる人ではないと注意されていたことを改めて思い出していた。またこの旅行は、先生たちの知らない計画で、OK が出たと言ったのは、竹さんであって、智子が直接聞いたわけでもなかったことをいやな気分で思い出した。
「姉に電話するわ。どうしたらいいか聞いてみる」そう言って、洋子は華子さんと長い電話をしていた。

 

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           平成25年4月8日(月)   

 

少しうすら寒いので、電灯の燈の下で暖を取っている大猫の『タロウ』。
久しぶりに、ブログに戻りました。わが家では、人間の世話がいろいろあって、パソコンに向かえない日が続きました。またリズムに乗れば、短い時間に文章が書けると思います。今の智子さんの話もそろそろ終盤ですから頑張って、完成させたいです。

                                                      *

 竹さんに、熱海のサボテン公園を進められたが、洋子が、今の時期なら、高尾山がいいと、思いもかけないことを言う。竹さんに、熱海の宿泊券ももらっていたのに、何か気になることがあるのだろうかと、智子は、「熱海が嫌なの」聞いた。
「サボテンは、散々扱ってきて、いまさらまた植物園で見ることもないじゃない。宿泊券は、惜しいけれど、いつでも使えるらしいから、またの機会にして、高尾山の植物を見ましょうよ。あそこの木のむろなどに、『ヒカリゴケ』が生えているのよ。それは不思議な光よ。登山者の多くは気づかないから何とか残っているのだと思う。準絶滅危惧種で、場所によっては、天然記念物扱いだから、高尾山に、『ヒカリゴケ』があることは、公には知られてないわね。私は、たまたま見つけて、エメラルド色のそこだけおとぎの国のような雰囲気にのみこまれそうになったわ。他にもすみれの宝庫で、20種くらいの花を見られるのよ。今の時期だけだし、他にもいろいろ初夏の楽しい花に会えるわ。歩いて、一時間くらいで登れる山だから、軽い運動になるでしょう。観光客も多いので、食事には困らないわよ。宿泊は、相模湖に降りてその辺で捜しましょう」洋子は、一度行ったことがあるので、様子が分かって話していた。
「竹さんに言わなくていいの」と智子は、彼らのために、二日間研究所の植物の世話を引き受けている竹さんのことが気になった」
「言わない方がいいでしょう。彼女も行く前に聞くと、意見を言いたくなるかもしれないじゃない。でも姉に言っておくわ。特に智子さんが、外出する時って、居場所をはっきりさせておく方がよさそうなのよね。まだ、宗像さんの行動がよく分からないものね。私と智子さんだけの霊力では、宗像さんに勝てないらしいしね」
「まったく、まだ家の苗字にこだわっているのかしら?早く別の人を見つけてほしいものだわね。弟夫妻だって、いつ日本に帰れることやら、姪もスイスの学校に通うようだし、きっと言語は、ドイツ語か何かしか話せないのよね」
「そうね、子供の場合は、環境での影響が大きいから、家の中での会話が、日本語としても、結局ドイツ語が得意な子になるでしょうね。ところで、高尾山でいい?」
「いいけれど、服装はどんなふうなの?一応山登りなのでしょう」
「トレッキングシューズにズボンスタイル、上は、脱ぎ着が利き、パーカーを一着持っていれば、良いでしょう。リュックの方が楽だと思う。結構日が強いので、帽子も忘れずにね。明日、駅に朝7時に集合ということで。この事は、先生にも言わないでね」
 竹さんが、わざわざ、熱海の宿泊券まで用意してくれた旅は、洋子の急な思いつきで、研究所の人は誰も知らない高尾山行に代わってしまったが、この計画変更が、後に、二人の命を救うことになった。
  



                 
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