平成25年4月26日(金)
『新ちゃん』と『まる』が東の窓際で眠っている。この二匹のショットは珍しい。『新ちゃん』が臆病で、いつも捕まることを怖がっておどおどしているので、他の猫と寄り添う時間がない。手のひらサイズから育てて、怒られたこともないのに、大人になるにしたがって、どんどん人を避ける様になっていく。毛色の違いで、性質の違いが出るのではと思っている。茶系は、人を好んで、いつも膝に乗ってくる。
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ふもとのバス停に着いて、観光バスから降りた華子さんは、ピーターとアンリ、他のヨーロッパ系の若者たち二人に、今後は、自由にしていいから、二~三日東北の旅を楽しんでと、彼ら一人一人に5万円を渡した。彼らは、日本を楽しむ長期滞在の若者たちで、華子さんのヨーロッパの知人の子供たちであった。裕福な家柄であったが、日本では、英語の教師をしたり、レストランのウエーターなどをして自活していた。今回、華子さんの急な呼び出しに応じられたのも常々華子さんにお世話になっていることもあるけれど、かれらの仕事が、時間に縛られてないことが大きな要因であった。華子さんは、彼らの交通費は、先に渡していたので、5万円は、謝礼でもあった。
彼らと別れてから、華子さんは、一人で宿泊しているホテルに戻り、そこで、スマホの携帯電話で撮った写真をノートパソコンにつないで、バスでの動きと宗像女史が倒れる瞬間の映像を見た。華子さんは、スマホでずっと写真を撮り続けていた。後ろの席に座って、バスの乗客の動きもとらえていた。宗像幸代が倒れる前、彼らのバスが斜めに走り出した時、バスの左側に座っている中年の男性が立ち上がり窓から顔をだし、いかにも事故を気にする風を見せながら、宗像女史が、バスから降りてくる時、左手をまっすぐ伸ばして何かを唱えていた。宗像女史が倒れると、窓から顔を引っ込めて、静かに椅子に座って事故にあまり興味を示さなかった。他の乗客の方が、それから窓から顔を出したり、仲間同士で騒ぎ合っている中、むしろ目をつぶって座り続ける姿の方が異常であった。
「彼が、新興宗教の教祖かもしれないな」と華子さんは、独り言を言った。何の宗教なんだろう?と興味を持った。彼女の小説にはよくこの世ではない世界が書かれるので、そういう意味で、現実で見た異常な行動には興味魅かれるのであった。その後、その中年男性はどうなったのか、華子さんも、下りに入ったバスの中の写真は撮らなかったので、乗客についてのその後は分からなかった。返す返すも残念であった。
綾先生から携帯に電話があって、バスが動き出したので、蔵王温泉に下るということであった。バス事故では、5人が重傷で、10人くらい軽傷者が出て、運転手を入れた6人は。男性ばかり、無傷だったそうである。運転手は、なぜか左側に傾くようハンドルに変な力がかかったと言っているとか、そのくらいの情報は、流れているようであった。綾先生の宿舎と華子のホテルの間には、相当な距離があったので、今日は会わずに、明日帰宅次第、華子の部屋に集まることになった。華子は、この宗像に霊波を流したであろう中年の男性についての情報を得る手段を考えていた。


