平成25年4月29日(月) 

 [鶉の葉タンポポ]
葉が、鶉の卵に似て、斑紋があります。常緑で、冬でも葉が残っています。初夏から長い間、綺麗に花を咲かせます。

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蔵王山の事件の後、『茶観悌』は、静かに活動を続け、智子たちに関わることを止めたようであった。会員も増え、中には、智子のような神主の家系のメンバーもそろえたのだろう。宗像幸代を無能にさせたグループについては、まだ何の情報も入っていなかったので、それなりに気楽であった。あの事件から、半年が過ぎた頃、宗像女史が、霊についての本を出版して、それがベストセラーになった。智子が、K-30から聞いていた、人には必ず霊魂が宿り、その影響下に人は置かれるということを詳しく解説していた。研究所の誰もが彼女は、正確に霊の事を書いていると認めた。
「彼女は、どうしてこんなことを表にしたのかしら?」と洋子と竹さんが休み時間に話題にした。
「彼らだって、霊能者を神秘にしておく方が得でしょうにね」と竹さんも言っている。
「きっと、宗像さんは、霊力が弱ったのね。それで、今までの知っていることを表に出すことで、その方面のエキスパートになろうとしているのではないかしら。こういう話でもベストセラーになっているという事は、普通の人が興味を持ったということでしょう。これから、テレビや婦人誌などで活躍するわね。そういう時に、霊力はいらないでしょう。かつては強力な霊能者だったのですもの、口ではなんとでも言っていられるのよ。さらに霊力がない方が、その方面の活躍をしても寿命を損なうことはないのよ。いわば偽物の活動になるから、霊からの疲れというものがでないわね。彼女は、考えたわね。公で活動することで、『茶観悌』が善に見えるでしょう。まあ今のところ、あのグループは、健康を主な主張にしているから、法に触れることもないのでしょうね。宗教法人の形をとったお金儲けの一種ではないかしら」と恵美先生らしい厳しい分析をしていた。
「智子さん家族を狙った時は、本当に新しい宗教を作ろうとしていたのかもしれないけれど、地下活動ではまだそれを狙っているとしても、今では、彼女の著作を読んでも、霊魂の解説だし、そういう世界があるという客観的な分析ね。頭のいい人ね」と、綾先生も前ほど宗像女史に危機感を持たなくなったようだ。
「そういうわけで、私たちもよそ事は考えず、これからは、研究に集中しましょう。恵美先生は、もうすぐまとめに入るのでしょう。人手が入りそうなので、私の研究室から、男の子を二人まわすわ。彼らは、やはり植物の毒の研究をしているので、理解が早いと思われるから」
「ありがとうございます。パソコンに文章を打ち込む手助けなどがほしかったの。5年前、智子さんに手伝ってもらったようなことよね。今では、智子さんにも助手がいるくらいでしょう」と恵美先生は笑った。
「そんな、私はまだ助手ですよ。先生がお困りでしたら、いつでもお手伝いします」と、智子は、サボテンの毒について知りたいと思ったので本気で言った。
「智子さんのアロエの研究も大事なのよ。みんな自分の仕事に集中してそろそろ成果を出しましょう」と綾先生は、珍しく厳しい口調でみんなを緊張させた。
 
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 次の日、洋子が、竹さんに問いかけをしているところに、智子が行き合わせた時、「そんなに困っているの?」と聞こえた。「そうなのよ。赤字だわね」と竹さんが答えていた。 
 

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           平成25年4月28日(日) 

 
わが家で一番年上の『ハク』正しい名は『白竜』です。尾が竜の胴体のようだと雌猫なのに竜とつけました。野良時代、虐待にあったらしく、左目は、つつかれた跡があり、慢性鼻炎を持っています。いつも目の周りから涙が目ヤニと一緒になって、たれてます。くしゃみもひどく、家中、彼女の鼻水があちこちに付いています。8歳。
 
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「宗像女史は、霊力を失ったのでしょうか?」と智子は聞いた。
「たぶん、当分の間は、力は出ないでしょうが、また回復するかもしれないわね。地霊は、その土地に戻って、共に治療に励めば、ある程度回復するでしょう。本体が元気になることが条件だから、彼女の体力の回復力にかかっているでしょう。でも、我々は、今後、宗像さんを気にしなくてよくなったと思うわ。彼らは、襲撃者が誰だか分かっていると思うので、今後は、そちらに目を向けるでしょう。華子さんが、直接事件を目撃しているにもかかわらず、襲撃者の波動を感じなかったというのは、新しい霊たちで、どこの出身かは知っておく必要があるわね」
「あんなに近くにいたのに、微塵も霊力を感じなかったのは、不気味だわね」と華子さんも続けた。

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 その後、蔵王のバス事故は、運転手の操作ミスと発表され、負傷者15人ということくらいが発表された。実際は、宗像女史が、10日間眠り続けたこと、手足の骨折者が5人くらいいたことなどが、それとなく伝わってきた。宗像女史は、退院後、故郷の九州・博多に帰って療養しているとのことであった。綾先生が言ったように、地霊の恢復を図っているのだろう。『茶観悌』は、次席の男性がついで、相変わらず、信者数を増やしながら、お茶を売っている。
 智子たちは研究を着実に進めているが、目に見えるほどのことはなく、静かな暮らしを続けていた。竹さんも、自分の失態が、研究所の引っ越しという結果を生み出したことを反省して、いつもほど冗談を言ったり、人をからかったりせず、事務関係の仕事と、食料品の備蓄を確実にして、また研究室関係の費用の節約に励んでいた。いつ何時、費用がいるか分からないと、気にしていた。研究室から、大きな成果が出れば、大学や薬品会社から百万単位の謝礼が出るのだが、この2~3年、はかばかしくなかった。一番期待されていたのが、恵美先生のサボテンの研究であったのに、5年前に、伊豆のサボテン公園で火事があって、研究中のサボテンが盗まれ、またその時亡くなったサボテンの担当者との共同研究であったので、研究そのものが遅れてしまい、恵美先生の立ち直りにも一年近い時間を必要とした。
 サボテンの毒は、その種類が少ないので、対象としていたサボテンが盗まれると、まったく行き詰ってしまうのだった。誰が何のために盗んだのか、5年たってもまだわからなかった。K-30は、自身がサボテンの毒中毒で亡くなっているので、恵美先生の研究結果を期待しているらしい事がそれとなく伝わってくるので、智子は、恵美先生の研究には興味を持っていた。
 
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           平成25年4月27日(土) 

 
チャオ』という名のよその猫・もう20歳で、この道の傾斜がきついらしい。S字形で歩いていく。わが家に食事に通ってきて、もう8年くらいになるので、この頃は、来ない日があると、ついに昇天したかと心配になるが、今日も元気に、朝5時半に来て、食べて行ったと夫が言っていた。毎朝一番の会話が、『ちゃお』が食事に来たかどうかである。夫は、この猫のために、早起きしている。

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 次の日、華子さんの部屋に集まったのは、綾先生、洋子、智子の三人で、恵美先生は、研究室にこもっていた。同じマンションにある研究室なので、いつでも顔が出せたが、蔵王から帰宅してすぐ顔をそろえたのは、三人であった。すぐ帰ったつもりでも、夕食時になって、洋子がとりあえずの夕食を作っていた。食事に関しては、洋子が得意分野にしていたので、短時間に中身の濃い美味しい料理を用意してくれていた。特に疲労回復に効くという香草が使われているので、みんなに歓迎された。
 早速、華子さんが撮った写真を大きくプリントアウトして、バス内の乗客について何か見知ったことはないか見当を始めた。特に宗像女史に霊波を送ったと思われる中年の男性に集中した。彼が、みんなが騒いでいるにもかかわらず、目をつぶって座席で静かにしていたのは、強い霊力を出して、本人が疲れ果てたせいだろうと想像された。華子さんが写真を撮っていなければ、華子さんも気が付かなかったと思われた。綾先生が、かすかだけれど、彼を見た記憶があると言った。智子が、「この人も『占いの館』に出入りしていたのでしょうか?」と言った。
「そうね、あの頃は、よく渋谷に行っていたから、あの辺りで出会っていたのかもしれないわね。もう一人火事で焼け死んだ男の人もいたわね。そう思うと、あの頃から、彼らと宗像女史との間に、宗教を立ち上げる軋轢があったのかもしれないわね」綾先生は考え深げにつぶやいた。
「それで、宗像幸代さんは、どうなったと思う?」と華子が口にした。
「昨夜の宿の噂では、病院に搬送された中年の女性は、なかなか意識が戻らず、一時集中治療室に入ったとか、時々、目を開けようとするらしいのだけれど、すぐ眠ってしまうらしいと噂が流れていたわね。他の人で、骨折や切り傷などの外的重症者が多数いて、普通の交通事故として扱われるでしょうが、運転手さんには、気の毒な事態よね。どうも乗用車の連中の誰かが運転手さんに霊波を投げて、山側にハンドルを切らせようとしたのかもしれないわ。ハンドルが勝手に曲がる解いていたでしょう。あの車は、頂上の駐車場に集められていて、ほとんど男の人ばかり乗っていたわ。家族という感じがなかったのが違和感を感じたことね。どうも宗像さんと対立している新興宗教は、男の人が多いみたい。だから彼らは、私たち近づかなかったんだわね」
「どうしてなんですか?」と洋子が聞いた。
「私たちは、女ばかりで、おまけにただの研究者で、彼らと接する共通点がないのでしょう。あんな大事故を起こす霊波を私たちの誰もが感じなかったのだもの、よほど変わったグループなのでしょう。そう思うと、宗像さんは可哀そうだと思うわ」と綾先生は、自分たちも宗像と対決するつもりだったことを忘れたかのように言った。
「でも先生、私たちも宗像女史をやっつけるつもりだったのですよね。もし対決していたら、やはり誰かが、あんなふうに倒れるのですか?」と洋子が続けた。
「ちょっと違うでしょうが、もっと責任感を持ってやるのよ。名乗るとか、話し合うとかね。それでも彼らにとっては、まさか蔵王で我々に会うとは思っていない分、意表を突かれたと思った時が、勝負時になるということだったのよ。精神の戦いとは、一瞬の隙を狙うのよ」と先生は、一度ならずそんな経験があるように言った。
      

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