平成25年5月9日(木)  全国的に快晴とのこと

 〈港の見える丘公園〉の薔薇園の中で咲いていた花。
 ゴールデンウイーク中、野良の中猫〈4ヶ月くらい〉を捕獲する事に集中して、雌の黒猫2匹を捕まえました。一見慣れているようなので、手掴みで、捕獲できそうでしたが、いったんケージに入れようとすると、ものすごい力で、逃げようとするので、手が傷だらけになります。一匹目はそうして捕まえました。それから6日間は、軍手をして、残った中猫、4匹の一匹でもと思い、餌やりさんと協力しましたが、ことごとく逃げられていました。
 昨日、これで捕まえられなかったら、あきらめると決心して、一人で立ち向かいました。小さめの雌猫が狙いです。親と一緒に現れたところを狙ったところ、必死で逃げようと石垣を登るところをむんずとお腹の辺りを捕まえました。やはり逃げようと必死で、私の左手に咬みつきました。私も今日で終わりにしたいと必死でしたから、咬まれながらケージに入れました。雌猫でしたから、すこしはこの場での猫の繁殖が救えるかと思いました。ただ、親指の爪の上から咬まれた傷が気になり、すぐ医者で、セフゾンを処方してもらいました。10年前、猫の傷くらいといい加減にして、右手の人差し指の第一関節を失くす骨髄炎を発症してしまい、それからは、猫に咬まれたら必ず、セフゾンかユナシンの抗生薬を処方してもらってます。
 黒二匹は、里親を捜してくださるボランティアの方に預けました。もう一匹くらい助けたいのですが、体力的には限界です。その場所は、ビルの解体場で、7匹の野良が住んでいるのです。二匹助けましたが、雌の親猫が野放しで、このままでは、また子猫が生まれます。私が助けた猫は、偶然とはいえ二匹とも雌猫でした。

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 綾先生は、華子さんと話した10日後に、研究室の改革に手を付けた。まず、表の標識を、〈植物相談センター〉と正しい研究名を出した。また、研究員を6人増やし、三人の男性を仲間に入れた。彼らは、大学で綾先生と共に毒の研究に関わっていたという。竹さんの助手として一人、三十代の事務職員を入れた。組織としては、大学の付属としての形態は変わらなかったが、規模が大きくなったのである。また、綾先生を所長、恵美先生を次長と呼ぶことになった。ちなみに竹さんは部長であった。
 洋子は、今までと変わらず、正式な職員ではなく、自分のやりたいことを続け、収入は80%は自分の物で、20%をこの研究室に収めるというきまりは変わらなかった。また植物の水やりも続けることになったが、今度は、あたらしい職員の30歳代の研究員に、変わってもらえるよう指導する仕事が増えたのだった。部屋も少し狭く感じられて、智子の住んでいるマンションの一室が新たに用意された。二つのマンションの間の行き来は、2~3分でできるので、研究者の間の不都合はなかった。それらは、智子のいない間に行われたので、智子が、イギリスから帰国したら、驚くだろうと洋子は思った。智子は、ここで何の役に着くのだろうと、そのことも不思議であった。
  
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       平成25年5月8日(水)  一日の寒暖ん差が激しい日

 〈港の見える丘公園〉には、立派なバラ園があるのですが、5月4日に,代表に撮った薔薇が、この蔓バラですから、まだあまりいい種は、咲いてないということです。

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 綾先生は、高血圧の持病が出ていて、55歳くらいから降圧剤の薬を常用しているとのことであった。高血圧になって、薬を常用していると聞いても、糖尿病ほど命には影響がないように思えるのだが、60歳近くで、元気がなさそうと外目にも見えると、その循環器の持病が気になるもので、洋子姉妹をはじめ、研究室の誰もが、綾先生の健康のことを気にした。
 華子が、綾先生と一番気さくに話せるので、ある日、洋子が一日外での仕事の時、華子は、昼食を一緒に食べようと綾先生を自宅に誘った。めずらしく、綾先生もその申し出を受け、二人きりで、華子の居間で、華子の手作りのスイス料理を味わった。高血圧の綾先生を思って、チーズはほどほどの野菜料理に羊の肉料理であった。
「こんな風にゆっくりするのは久しぶりだわ。そろそろ肉体的には、弱ってきているのかもしれないわ。もう少し仕事の責任を減らすべきかもね」と綾先生から華子が聞きたい方向へと話しが向かった。
「循環器関係に支障でもあるの?」と華子はストレートに聞いた。
「不整脈が出始めて、山登りのなどは、止めた方がよくなったのよ。研究室でのデスクワークには支障はないのだけれど、体力をつかうことは、ちょっとやめたいわね。植物の採集などよ。残念だわ。春先などの芽出しの時に、薬草と毒草がすごく似ているその様子を見るのが好きだったのだけれど、そうゆうことができなくなったのよ」
「他には、心配なことはないの?」
「無理しなければ、このまま寿命どうりやっていけるでしょう。頭を使うことで、疲れたりはしないのよ。この頃みんなに心配をかけているなと思っていたので、そろそろ今後について、ちゃんとした方向を示すべきね。」
「頼りにされている責任者って大変ね。私みたいに一人でやっている仕事は、私だけのことで済むから、何とでもなるけれど。ところで智子さんの帰国までに、まだ一年残っているのでしょう。なかなかいい仕事をしているって、私の友人が言っていたけれど、彼女を支えている霊力の力はすごいのね。ほとんどその力で、今の智子さんに成長したのでしょう?」
「そうよね。10年前に会った時とは、比べ物にならない成長で、私も自分の霊との会話がなければ、その時に、今の智子さんは想像できなかったわね。ただ宗像さんは、分かっていたのでしょう。彼女との戦いの中で、智子さんが、天使にまで守られていることが分かったのよ。長い間、日本の地霊に守られ、その後イギリスの霊力が足されたことで、思いもかけない相乗効果が生まれたのでしょう。彼女のことはさておいて、近じか研究室の維持について、みんなと話し合ってみるわ。研究室をもう少し大所帯にする方法もあるわね。秘密の研究は、ほとんど済んで、たいてい公に発表されているから、確認の研究室みたいになってもいいのよ。その方が、働いている人たちも楽しいでしょうしね。」華子さんという、気さくな友人と話せて、綾先生も元気を取り戻したように見えた。華子さんは、まだ50歳代なので、体力的にも若く、彼女と触れ合うと、誰でもなんだか元気になれるのであった。

        
                   
                                                                         
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            平成25年5月6日(火)   

 〈港の見える丘公園〉の入り口にある蔓バラ、見事に咲いていたけれど、写真ではよく見えないですね。他の薔薇は、まだ一部咲きくらいです。4月が寒かったので、薔薇の花の咲く時期が遅れているようです。
 
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 智子を無事にケンブリッジ大学に送って、研究室は、智子が来る前と同じ環境になったのだが、誰もが、なにか人が足りないという喪失感を感じていた。
「智子さんが来てから、世間との付き合いが激しかったからでしょうね」と竹さんが、年の功で話し始めた。
「彼女の出現は、めったにない例だったわね」と恵美先生も感想を漏らした。「関わらなかったらどうなったのかしら?」とも言った。
「彼女の霊が呼び込んだとはいえ、やはり、この研究室に来るような運命だったのではないの」と、綾先生は、考え深げに話した。
「そうですよね。たった10年で、博士号までとれるほどになるなんて、生まれ持った運の強さですよね。私は、早くから、姉と共に、霊に沿って動いてきていたのに、平凡な日本人にしかなれてないというか、これ以上の飛躍はなさそうですもの。あの智子さんを守っている霊は、本当のところ若者でしょう。そんなに強いとも思われないのにね」洋子は、ちょっと羨ましそうに言っている。
「智子さんは、やはり名前の『智』に影響を受けていて、ケルビムという天使もついているのよ。宗像女史に狙われていた時、彼がずいぶんバリアを張って、守っていたらしいから、彼女の霊自身もその天使に守られていたのよ」
「そんなこともあるのですか」と洋子が興味ぶかげに聞いた。
「霊の世界は、人間では計り知れないから、あまり深入りしない方がいいけれど、霊に助けられているなら、謙虚な気持ちで、お任せしていれば、良いこともあるということでしょう。宗像さんや彼女と敵対している仲間たちのように、霊自身を商売に使いだすと、自身の体力を失う人が多く、それで仲間を募って、リンクによって、力を温存したりするけれど、結局、一番力の強い人が、弱るとその会の存続も弱くなるのよ。霊を軽く考えたらだめよ」と、綾先生は、つぶやくように言った。
 ふと、洋子は、綾先生自身が、体力の面に問題が出ているのでは、と思った。それで、先生は、まだ大学での研究を続けるのか聞いた。
「そろそろ研究の主体は、大学に任せて、ここに戻ろうと思っているの。今度は、有益な植物の分析をしようと思っているのよ。きっと、洋子さんのお役にたつかもしれないわ。その時は、一緒に実験しましょう」
「先生のお手伝いができるなんて、最高です」と、洋子は、さっき綾先生の健康面を考えたことを忘れたかのように元気に言った。

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 そんな話をして、だんだん智子がいない生活にも慣れた頃、洋子は、華子と食事をしながら、何気なく華子に言った。
「この頃、綾先生元気ないみたいだけれど、大丈夫なのかしら」
「そうよね。私も気になっているのよ。あの研究室では、一年にいっぺんは、徹底的な健康診断をしているので、本当に悪い状態なら、すぐ竹さんたちにも分かって、それなりの処置がされるはずだけれど、なにか精神的な事か、長い間、毒の研究をしていたことの後遺症かしら、心配ね。近じか聞いてみるわ。先生も60歳近くなっているのですもの、体力的には、疲れるのかもしれないわね」華子も気づいているようであった。

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