〝闇の中戦法〟復活!? | 小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」

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「ガード下学会」「横丁・小径学会」活動の報告および、予定などをお知らせします。

もう、亡くなってずいぶんと経つのでご存知の方も少ないかも知れませんが、かつて、井上光晴という小説家がいらっしゃいました。その作家が食えないとき、週刊誌のアンカーの仕事をしていました。取材の経験がある方は判ると思いますが、実際フェイス・ツー・フェイスで話を聞いてしまうと、インタビュイーに情も湧き、読者が興味をそそられる話を、なかなか書けなくなってしまうものです。そこで、これを解決するため採られたのが取材するレポーターと原稿を書くアンカーと分ける、という分業です。これなら、相手をおもんぱかって、欠けなくなってしまう、ということはありません。だいいち、取材対象者とはまったく面識がないんですから。
という分業で、読者の気をいっぱい惹きつけられる記事が書ける、といわけで、社内には裁判で訴えられた際、対抗するための法務部も設置していますが、ひとつひとつの記事に対して裁判で争う、というのも避けたいところです。そこで、編み出したのが光晴の〝闇の中戦法〟。たしか、そんな名付け方をしていたと思いますが、センセーショナルに、読者に訴えた記事の終盤、とはいえ、こんな話もある、う~ん、こんな見方もだされている、こんなことも考えられる、いやいや、現地ではこん話もウワサされている――と、言質など取れなくともいい、いろんなでっち上げ的な話を盛りだくさんに書き込み、最終的に、「真実は闇の中」とまとめ取り上げられた話題の主からの批判を回避しました。戦法があたり各週刊誌に広がった、ということがありました。
今回、大阪の方で100万円寄付したとか、自作自演だとか、いやいや講演料をお返ししたものを寄付として処理しただけ等、さまざまな想像を膨らまして、拡げるとうこの話、かつての千三つのみっちゃんこと井上光晴の闇の中戦法を思い出しました。この戦法の趣旨は、何が真実か判らなくしてしまうこと、だったんですが、さて今回は……。