本郷菊坂・下道:横丁・小径学会 | 小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」

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「ガード下学会」「横丁・小径学会」活動の報告および、予定などをお知らせします。

横丁を調べていくと、横丁というのは横丁として単独に成立しているのではなく、あくまで、オモテ道路の街路があって、それに対して、(基本的に)直角に入るのが横丁、ということが判りました。

南に真砂台地、北に本郷台地を見ながら、その谷となる本郷菊坂は、江戸時代の絵図を見ると、明地(空き地)。菊の栽培でもしていたのでしょうか。明地の部分は明治期開発され、長屋が整備されました。その一つが頭痛肩こり樋口一葉。一葉が菊坂に越してきた後、彼女が慕っていた半井桃水も隣町の西片(お屋敷町)に転居してきました。
とはいえ、一葉は、この崖下の長屋から3年で転居。竜泉(台東区)に引っ越し、雑貨屋を営んだそうです。再び、この地に帰ってきた際には、西片側で暮らし、短い生涯の終の棲家としています。


小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」-菊坂05


小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」-菊坂04


小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」-菊坂03


小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」-菊坂02


小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」-菊坂01