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雑記帳「目白で目が白黒」

エディットハウス代表 岩中祥史のブログ

 秋元順子という歌手がいます。「愛のままで…」という歌がブレークし、去年はNHKの紅白歌合戦にまで出場してしまいました。年齢が62歳だというので「アラ還の星」などというニックネームまで頂戴しているようです。



 そういえば、私自身もいつの間にやら、その「アラ還」の一員になってしまいました。学生時代、私より2歳年上で、ともどもに遊んだりした先輩がこのほど、誕生日を迎え、「アラ」ではなく「ジャスト」還暦を迎えるというので、それを祝う会が今日の昼間、新宿のレストランでおこなわれました。日本を離れて20年以上になるHさんですが、会場には50人近くが集まる盛況ぶりです。



雑記帳「目白で目が白黒」

 私と妻もその会に参加したのですが、集まってきた人もほとんどが「アラ還」の人たち。改めて「還暦」などという言葉を聞くと、自分もとうとうそんな年になったかと、一瞬落ち込んでしまいそうですが、気持ちだけはまだ一様に若いのが救いです。

 もちろん、話題はもっぱら40年ほど前のことばかりで、そこからなかなか脱しないのですが、だれしも、20歳前後に経験したことは忘れ難いものなのでしょう。これから先、こうした催しが増えそうな予感がするのですが、それにしても、当時の記憶のなんとも鮮明なことには驚きます。


 昨年、ある方の紹介がきっかけで、尾車親方(元関脇・琴風)と親しくなりました。去年も、初場所期間中に部屋を訪れ、新年会のような場に参加させていただいたのですが、今年は私と家人、末っ子の3人だけで部屋を訪問することになりました。


 豪風(たけかぜ)、嘉風(よしかぜ)、若麒麟という3人の関取を擁している尾車部屋ですから、勢いがあります。この中から一人でも大関や横綱が生まれれば大変なことになるでしょうが、親方の当面の夢は、幕内優勝の賜杯を手に、国技館からオープンカーで凱旋することだとか。私も新聞やテレビの画面を通じてしか観たことはありませんが、たしかにあの喜びは何ものにも替え難そうです。


 それにしても、尾車部屋のチャンコ鍋はとても美味でした。巷のチャンコ鍋屋と違うのは、ダシの取り方ではないかという気がします。部屋それぞれ、それこそ秘伝の味付けがあるのでしょうが、尾車部屋のチャンコは角界でも指折りの味と聞きました。それを、部屋の中で、若手力士に給仕をしてもらいながら食するのですから、おいしさもひとしおです。

 沖縄から、所用で関西にやってきました。メインの用事は京都なのですが、せっかくだからと、1日余分にスケジュールを取り、笑いの本場・大阪の花月に行くことにしました。


 お正月とあって、チケットを取るのは大変です。ネットでなんとかゲットし、4日の昼過ぎから3時間弱、たっぷり笑わせてもらいました。


 吉本新喜劇は大阪でしか観られません。テレビではほとんど顔を見ることのない、でも関西では知らない人がいないという役者さんが出演する新喜劇、いつ観ても、大盛り上がりです。ストーリーはどれも単純明快なのですが、役者さんの演技力もあるのでしょう、とにかく笑い転げることができます。


 漫才、それもデビューした手の若手から芸歴ウン十年というベテランまで、落語、マジックなど、飽きさせない構成で、その点も感心させられます。


 浅草にも、新宿ルミネにも吉本が進出してきて入るものの、やはり本場で観るのが一番ではないかという気がします。それは、浅草でも感じたように、笑いに対する人々の感覚の違いによるのかもしれません。笑いが非日常の東京、逆に完全な日常に入り込んでいる関西、それも大阪なんばでは、劇場内の雰囲気からして違います。


 ひょっとすると、隣の座席に坐っているお客さんの言葉や行動が笑いを誘うこともあります。笑いの遺伝子が劇場内を四六時中飛び交っているのかもしれません。そんな中にいるだけで、こちらもおかしくなってきます。


その昔、仁侠映画が全盛を誇ったころ、見終わって映画館から出てくる男性のほとんどが、ヤーさん歩きをしているということが話題になりました。背中がそっくり返り、足もややガニ股、両手をジャケットのポケットに突っ込んだまま外に出てくるというのです。もちろん、しばらくすると平常に戻るわけですが、吉本も、そうした効果があるのかもしれません。


 誰もが、老若男女を問わず、笑いを取れるような言葉を口にします。こうした日常の中で暮らしているからこそ、大阪の人は皆、お笑い芸人の素養がつちかわれるのかもしれません。