Coffee and Cigarettes -6ページ目

Coffee and Cigarettes

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久しぶりの長編小説。
結局何が本当でウソなのか解らない気持ち悪さが後味を占める。

推理小説のセンテンスにある疑問っていうより、疑問がつきものの世界観として「城」は描かれている。

僕らの生きている社会の上では「知りたい」と思えば、ある程度までは知ることができる。しかし「城」の中で出てくる社会では、その思いが叶わない事がとにかく多い。
そういう時人は、自分なりの解釈を付けたり、噂が噂として伝播するんじゃなく本物として伝播し易い環境を作ったり、知らない事を崇める対象として奉ったりするようになるんだ、という事がわかる。

こういうある種のあやふやさ、不確定な事が多いと自分を強く保たないと、人が発する意見にことごとく流され、行き着くところでは頭がどうにかなってしまうんじゃないかと恐怖を感じた。

「城」に出てくるKという主人公は強い。
僕はそう感じた。
読む人によって、色々な解釈がある、広がりのある物語だと思う。
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先週土曜日から月曜日の3日間で、お婆ちゃんのお見舞いで神戸へ行ってきた。お婆ちゃんとは3年ぶり。大阪っていう距離にしりごみして行動的になれていなかった。

経過は母さんの報告から知ってたけど、弱り方に何とも言えない心持だった。
来年からは、もうちょっと会いに行けるように、時間やお金を調整しようと思った。

せっかくだからと、たこ焼きを梅田で買って新幹線で食べる。
殆ど子供たちに食べられた。
旨い証拠だ。
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御岳山へはロープウェイを横目に舗装された山道を登る。
御岳山頂上は集落になっている為か、その昔は茶屋などもあったようだ。

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七代の滝。
御岳山から大岳山の途中にはこういった滝や、登れる岩などもあり楽しめる。

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ロックガーデン。
小さな川が流れ、せせらぎも聞こえる。
夏場は子供を連れて遊びにきたいと思った。

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大岳山山頂に到着。予定時間より遅れること1時間。

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曇りの予報で眺めは諦めていたけど、まあまあの眺望。
快晴だったら富士山も望めただろう。

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これで味噌汁、ラーメンを作る。
ラーメンのスープも飲み干す事を考えたら味噌汁は余計だったなあ、と反省。

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そして箸を忘れた事に気付き戸惑った。
枯れ枝を見付けて即席の箸を拵える。

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帰りは長々と続く尾根下りと思いきや、鋸山付近には鎖場、岩場もあったりして面白いコースだった。
下山途中の景色、鷹ノ巣山をみる。
次は快晴時に鷹ノ巣山へ登って富士山を眺めたい。
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Snow Peak チタントレック700&チタントレック900

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蓋がずれないように、輪ゴムでこんなもの製作

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こんな感じでパッキング
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以前より気になっていた山利喜にてマイメン4名と語らう。
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餃子を皮から作ってみた。

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もっとモチモチを目指す為、次回は餅粉も投入かな。
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幼稚園で開催される作品展で、「みてみて私の子ども」という
なんともいけ好かないお題の作品を作らなければならなくて、
考えた暁にこんなコラージュを作ってみた。
コラージュ面白い。そして奥深い。


今年から登山を初めて、のめり込むと突き進む性格の僕は
暇を見付けて、中級者が行くような山を省みずに登った。

「ちょっと膝痛いな」
「股関節が硬いな」
などの不調を訴えて接骨院のマッサージで緩和してもらっては
「そのうち良くなるでしょう」
と高をくくっていた。

しかし、都度のマッサージで緩和はされるけれども、不調は残る。
それが気持ち悪くて、整体を受けたり、様々なストレッチをしたり
筋トレに励んだりしていたけど「改善」にはならない。

なんだろう。なんだろう。と疑問を持ちつつ様々な可能性をネットで
検索しては、改善されない自身の身体に不安は募るばかりだった。


そんな時、別府史之というロードレーサーが情熱大陸に出演した
時の放送をYOU TUBEで閲覧した。

その中で彼は、「僕歩くの苦手なんです」と言っていた。
世界を目指すロードレーサーの足腰は丈夫に決まってる、だから
歩くのだって、走るのだって・・・と勝手な妄想は見事に外れた。

僕は自転車通勤をしている。だから足腰は強い方だと思っていた。
そして「歩く為の足腰の運動は出来ている」と思っていた。
これが違っていたわけだ。
身体への負担のかかり方が全然違うと思った方がいいんだろう。

そう考えてみると、日々の中で歩くことが皆無に等しい。
13Fの会社フロアの階段昇り降りくらいだ。
そう思ったのが、今週はじめ。
そして今週初めからランチタイムを使って、5キロのウォーキングを
実施している。

ストレッチ、筋トレ、ウォーキング
これを毎日の日課にして、調子を整えていきたい。
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女らしさって何だろう?
男から言い寄られる女は女らしいんだろうか?
家庭をもったら、女らしさはどのように変化するんだろうか?

女といっても千差万別、それぞれ個性がある。
個性はきっと内側から出てくるもんなんだろう。

世間を鑑みての防御だったり、信用のおける人前での甘えだったり
女は女たるものを理解して、言葉を使い分けたり、見栄えに気を配ったりする。
そういう心構えは、やっぱり女らしさを兼ね備えたものなんだろう。


様々な種類の女が出てきては、様々な種類の男性が翻弄されている様を、この本から感じ取ってそんな事を思った。
情熱大陸での八幡暁氏のコメントに惹かれた。
八幡暁氏とは彼のプロフィールページをみてもられば解ると思う。

「何かを達成して楽しいと感じる生き方と、生きているという事が楽しいと感じる生き方で、僕は生きているという事が楽しいと感じる生き方をしたいと思ったんです」と、インタビューアーの質問に答えた内容が印象的だった。
そして、そんな生き方を実践する彼の妻は「生きたいと思えば、何かと手段はあって難しい事じゃない」と発言する。(ちょっとニュアンスは違ってたかもしれない)


先日読んだソローの小説といい、彼の言葉といい、僕はもしかしたらとっても生きづらい世の中に生まれてきたのかも、と考えさせられた。

生きるという事が、死ぬことの反対側にある考えとするのならば、今の世の中はきっと昔と比べて「生きやすい」のかもしれない。
生きるという事が、個性に基づいて人各々の満足という達成を目標とするのならば、今の世の中は、非常に生きづらい厳しい世の中なのかもしれない。


様々な人の生き様を見ると世の中を俯瞰できる事に気づいた今日このごろです。
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今置かれている環境全てを否定されたように感じ、何が正しいのか解らなくなってしまった。

自然に生きるという事は、自由に生きるという事とは意味が違うよなあ。

自由に生きたいと思っても、環境は「そうはさせまい」とさせる気がする。
「そうはさせまい」と感じるのは、己の良心なのか、道徳心なのか?

自然に生きるとは、自分に正直に生きるという様に感じているが、自分に正直である本来の姿はきっと環境などに左右されない=本当に正直な心に従っている状況なんだろう。
この環境に左右されない心っていうのが、近代人にどれだけ備わっているか?とっても疑問に感じる。


きっと誰もが、見栄や自尊心といった、人間と対峙した時に生まれる心の動きはある程度持っている。
人と対峙する環境が極めて少なく、社会のサークルから外れているようなアナーキーな環境に身を置くと(置けたら)、この心の動きは無くなるんだろう。
その時、初めて本来の自然に生きるという事が実践できるんじゃないだろうか?と感慨に浸った。