今日嬉しかったこと。
-会社の会長が僕の名前を覚えていた。
-人は人を必要としていて、それは歳とか性別とか関係なく存在していると思わせてくれる友人に巡り合えているんだぞ!俺は!と思った。
-今日が週末で明日沢山子供と遊ぶぞ~と意気込んでる今があるって事。
身体を鍛える事がマイブームだ。
先日初めて雑誌ターザンを購入した。まさか自身がこの雑誌を買うとは・・・。
今までは食事療法とも言うべきか、体重記録を重ねて10キロ減に成功したが、見た目は少しゲッソリした印象だった。
そんな時、ふと「毎週2,3回プールに通うかな?」と自問自答して、「やると決めたら絶対!有言実行!」と心に決めて先月から初めた。
それと併せて「プールは有酸素運動だし、筋肉付けたいから筋トレも励むかな」と思い、毎日腹筋と腕立てをやんわり続けていた。そんな時「間違いだらけのカラダ作り」というターザンの表紙に目を奪われ、読んでみると「ありゃありゃ、とんだ勘違いだらけで実行してる!」と大反省。
これを読んでみると筋肉が付くまでの過程や、持続させる為の方法、必要栄養素の摂取ルールなどがとても面白く目からウロコだらけだった。
例えば100回腕立てをするのと、10回腕立てをするのとでは10回で辛くなるようにウェイト調整をする事が大事とか、それを3回繰り返すことで全体の筋肉が使われるようになるという動物学的な見識。
もっと面白かったのは最初は筋肉が鍛えられるのではなく神経が鍛えられるという事実。これは身をもって実感している。これがどういう事実に繋がるかを理解すると、人間のメカニズムっていうのは面白いもんだなあ~と関心する。
とりあえず、今の知識をもって来年の夏までにパドリングを悠々と出来る身体を作ることを目指したい!
先日初めて雑誌ターザンを購入した。まさか自身がこの雑誌を買うとは・・・。
今までは食事療法とも言うべきか、体重記録を重ねて10キロ減に成功したが、見た目は少しゲッソリした印象だった。
そんな時、ふと「毎週2,3回プールに通うかな?」と自問自答して、「やると決めたら絶対!有言実行!」と心に決めて先月から初めた。
それと併せて「プールは有酸素運動だし、筋肉付けたいから筋トレも励むかな」と思い、毎日腹筋と腕立てをやんわり続けていた。そんな時「間違いだらけのカラダ作り」というターザンの表紙に目を奪われ、読んでみると「ありゃありゃ、とんだ勘違いだらけで実行してる!」と大反省。
これを読んでみると筋肉が付くまでの過程や、持続させる為の方法、必要栄養素の摂取ルールなどがとても面白く目からウロコだらけだった。
例えば100回腕立てをするのと、10回腕立てをするのとでは10回で辛くなるようにウェイト調整をする事が大事とか、それを3回繰り返すことで全体の筋肉が使われるようになるという動物学的な見識。
もっと面白かったのは最初は筋肉が鍛えられるのではなく神経が鍛えられるという事実。これは身をもって実感している。これがどういう事実に繋がるかを理解すると、人間のメカニズムっていうのは面白いもんだなあ~と関心する。
とりあえず、今の知識をもって来年の夏までにパドリングを悠々と出来る身体を作ることを目指したい!

褒めるときや怒るときは1対1で対面になる。
何かを協力し合うときは1組2人で横越にお互いが居る。
褒める事や怒るときは日常の中に溶け込んでいるので、この対面になるシチュエーションは多く潜んでいるけど、横越に見ながら一緒に向かっていくシチュエーションは意識して作らないと中々時間が持てない。
この写真をみてふとそんな事を考えた。(これは娘の面倒を手伝って欲しいと息子にお願いをしてベビーカーを押してもらっている)
僕は年内に親父とニューヨークに行く。別にニューヨークじゃなくてもいいんじゃないか、と思った。行くけど。
でも僕が本当に望んでいる時間は親父という存在と対面せずに横越に見ながら、まるで友達のように同じ方向に向かっている時間を作りたいからなんじゃないかと思った。うん。きっとそうだ。
それがニューヨークだと盛り上がりがあって面白いというだけで、場所は本来大事な要素じゃない。
息子に対して、僕という存在は社会でありたいと願っている。そしてまず初めに息子は僕を心底嫌う事になる。それも願っている(ちょっと不安だけど)。
思い返すと僕は父親に対して好きと嫌いを何度も繰り返して今に到っている。いや正確に言うと好きと思っていたのではなく「信頼」していた。だから信頼と不信の繰り返しだ。
不信を抱いた時の事は未だに覚えている。それは父親的存在を外に見つけた時だった。急にその人が僕の絶対論者であって、父は不信の対象になったのを覚えている。
その時は思いもよらなかった。「父親と同じ方向に向かって何かを成し遂げてみたい」という欲求が生まれるなんて。
子供の教育に近道はない。
これは何度か耳にしてきたけど、覚えている限りの僕の過去を鑑みると「その通り」だと思わずにはいられない。
腕立てをして直ぐに筋肉がつかないのと同じように、積み重ねで子供の成長があるのを思うと、教育っていうのは己の忍耐との勝負でもあるんだなあと感じ、積み重ねていく中での1つの時間っていう意識を僕自身にもっと芽生えさせたい。

去年友人にプレゼントとしてもらったこの本は村上春樹訳のグレート・キャッツビーで愛蔵版。持ち運びに不便という事もあって、後で後で・・・で長く放置していた。
この前に読んだ「ニューヨークを読む」で、この作品が大々的に取り上げられていたこともあり。この小説の舞台がニューヨークという事もあり。今読まないでいつ読む!?と声高らかに叱りつけられている様な気がして手にとった。
まず始めにこれを読んで僕は1つだけ小説というものの楽しみ方を新たに知ったような気がする。それは文章の表現の仕方がとても美しく、読んでいてとても有意義な時間を過ごしている気持ちになれたという事だった。
この美しい表現に引き込まれていく感覚は、何といっていいのか・・読み終えてあっという間の時間だったという感想を生む。短時間の様に思える長時間の生演奏を観ている気分というか・・・うまく表現できないけど、凄く面白かった。

旅行前にこの本を読んでおいて本当に良かった。読む前と後でのニューヨークという街の見方が全く変わった。
中でも面白かったエピソードを2つほど。
自由の女神の台座に刻まれているエマ・ラザルス作の詩がある。
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私に与えなさい、自由に生きたいと請い願う、
貴国の疲れた人々、貧しい人々の群れを、
人間が溢(あふ)れんばかりの貴国ではくずともみなされる、惨(みじ)めな人々を。
家もなく、嵐に弄(もてあそ)ばれる、これらの人々を、私のもとに送りなさい。
黄金の扉のかたわらに、私は灯をかかげましょう。
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この自由の女神がフランスから寄与された時の時代背景を読み解くと、非常に考え深い詩になる。
それは移民という立場でアメリカという国にやってきた人々の夢描く希望があり、しかしながら貧困、差別などという現実と戦わなければ生きていけなかった。
今では治安もよくなり、差別問題も沈静化しているが、そんな過ごしやすいニューヨークという街のみを見ていたんじゃいけないなあ、と思えた。
もう1つの面白いエピソードは1883年に完成したブルックリン橋について。
この橋のオープニング式典の前に70ものアーク灯が夜に灯り、闇の中にブルックリン橋が青白く輝いていたという。この幻想的な風景の描写も感動的だが、この事実背景が面白い。それは、この式典のほんの一年前にエジソンによる初の発電所がパールストリートに出来たばかりだという。
日本もそうだけど、アメリカも沢山の古き良きものという産物が失われている事が解る。

むか~し、むかしに「彼女の誕生日とか結婚記念日とか、そういう節目節目をしっかりと祝ってあげるっていうのは男としてすげえ~大事だぞ!そういうの怠ると、愛が冷めたとか、浮気してるのかも?と疑いをかけられるっていう筋書きになるぞ」と僕の音楽のお師匠さんに言われたことがある。
だから頑張ったわけじゃないけど、誕生日になるとこの言葉を思い出して、気持ちを込めた「何か」をしたくなる。
今年の誕生日は妻の友人達に触発もされて、ちょっと豪華なプレゼントを用意したり、妻が好きなマカロンを僕や誕生日に参加してもらった友人達と別々のブランドで買い揃えてシャンパンと一緒に味わったり、料理を頑張ったり(上の写真は生地から作ったピザ)、子供の面倒をみていたり、ある程度計画的にお祝いをした。
多分喜んでもらえたと思う。
来年の誕生日にこの日記を読もう。

やっと読み終えた・・・という感。
この巻は上巻にあたる3冊のものとは違って、主人公である半蔵の生き方がメインになっている。
後書きを読んで解ったが藤村の父がこの主人公半蔵のモデルとなっていた。
藤村にとって晩年に書かれた「夜明け前」は、自分が生まれた木曽路という舞台で生きた父を省みて、幕末から明治にかけての時代というものを、「草むらで生きる」下の人たちからの目線でかかれた小説という事がわかった。
話の流れを簡単に書くと
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明治維新と言われる動性、そこからはじまる沢山の破壊と創造、近代化・・・。馬籠宿の本陣、庄屋を勤めていた半蔵や半蔵の友人達はこの時代の上で生きており、沢山の破壊を身に受けて尚、国学を頼りに国の発展を望んで止まなかった。
こういう心持で居ながら国学の有志は斃れ、自分の思い描いていた動性とはまるで反対の方向へと向かうような国の動きに主人公は嘆き悲しむ。
自分の信じていた物事が悉く間違っていたのか?これから自分は何を信じていけばいいのか?そう思わされた半蔵は子供たちを教育する事に励み、自分の子供たちにもその志を重ねるが、だんだんと半蔵の心は病み、最後には狂死してしまうという人生をおくる。
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これと同じような事が藤村の父に起こっており、ただの作り話でない事に衝撃を受ける。
最後の方に書かれている維新を国学的な知見で書かれた文章が面白かったので、ここに記載しておく。
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維新の見方も人々の立場立場によっていろいろに分かれるが、多くの同時代の人たちが手本となったものはなんと言っても大化の古であった。王政復古の日を迎えると共に太政官を置き、その上に神祇官を置いたのも、大化の古制に帰ろうとしたものである。
人も知るごとく、この国のものが維新早々まッ先に聞きつけたのは武家の領土返上という声であったが、そればかりでなく、僧侶の勢力もまた覆さなければならないと言われた。この二つの声はほとんど同時に起こった。というのは、彼ら僧侶が遠く藤原氏時代以来の朝野の保護に慣れて、不相応な寺領を所有するに至ったためである。廃藩といい、廃仏ということも、その真相は土地と人民との問題であった。
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維新1つとっても様々な視点で捉えないといけないという事が、この文章から読み取れる。
日曜日のお昼ごろ、妻が何気なく虫籠に目をやり「あっ!カブトムシ動かない、死んでる」と言った。ミニカー遊びに夢中になっていた息子はその言葉を聞いて、走って動かないカブトムシを見に行った。
その時の息子は何が起きたのかを理解しようと努めているのか、一言も口をきかずに放心しているかの様だった。いや、何か聞いたかな?「カブトムシさん、死んじゃったの?」とか「昨日ちゃんとゼリーあげたよ」とか。
僕はカブトムシとクワガタを今年の夏に飼いはじめてから、「この虫達が死んだとき、息子はどんなリアクションをするか?」という事を1つの楽しみ、というか好奇心の種になっていた。それは4歳と4ヶ月そこらの息子が「生き物の死」というものに対してどういう心持を抱くか?
僕は泣いて欲しいと思っていた。
そうして死という事についての理解が膨らんだら、きっとその後の色々な「悲しみ」について、親として理解させ易いし、そうして感受性が強くなってくると思っている。
だから普段から努めて、「カブトムシにゼリーあげた?」とか「今凄く元気に動きまわってるね」とか飼っておしまいにならないように、家の中の中心に近いところで、この虫たちを飼った。
カブトムシが死んだ時、家に居た友人が、死の後5分ほどしてから仕事に出掛けるという時、それを見送る息子が印象的だった。
いつもは「じゃーねーバイバイ」と元気ハツラツに見送る息子がとってもしょんぼりしていた。友人は「大丈夫かなあ?」と心配していた。息子は母親の足にしがみついて、ボーっとしていた。そうして友人が玄関を出て僕たちがリビングに戻った後、息子はゆっくり歩きながら僕のところへ来て抱きついた、そして号泣した。
号泣した時、努めて僕は何も言わず、息子の背中をさすっていた。そうして少し落ち着いたかと思うと、また号泣。これを4回ぐらい繰り返していた。
僕は息子を抱きしめながら、「君はきっとこの時の悲しみを一生忘れないよ」と心で思いながら、大きくなる息子を想像して妻と顔を見合わせて微笑んでいた。
ちゃんと成長しているんだなあ、と遊びに夢中になっている2歳2ヶ月の娘を横に見ながら思い、カブトムシの死をありがたく想った。
その時の息子は何が起きたのかを理解しようと努めているのか、一言も口をきかずに放心しているかの様だった。いや、何か聞いたかな?「カブトムシさん、死んじゃったの?」とか「昨日ちゃんとゼリーあげたよ」とか。
僕はカブトムシとクワガタを今年の夏に飼いはじめてから、「この虫達が死んだとき、息子はどんなリアクションをするか?」という事を1つの楽しみ、というか好奇心の種になっていた。それは4歳と4ヶ月そこらの息子が「生き物の死」というものに対してどういう心持を抱くか?
僕は泣いて欲しいと思っていた。
そうして死という事についての理解が膨らんだら、きっとその後の色々な「悲しみ」について、親として理解させ易いし、そうして感受性が強くなってくると思っている。
だから普段から努めて、「カブトムシにゼリーあげた?」とか「今凄く元気に動きまわってるね」とか飼っておしまいにならないように、家の中の中心に近いところで、この虫たちを飼った。
カブトムシが死んだ時、家に居た友人が、死の後5分ほどしてから仕事に出掛けるという時、それを見送る息子が印象的だった。
いつもは「じゃーねーバイバイ」と元気ハツラツに見送る息子がとってもしょんぼりしていた。友人は「大丈夫かなあ?」と心配していた。息子は母親の足にしがみついて、ボーっとしていた。そうして友人が玄関を出て僕たちがリビングに戻った後、息子はゆっくり歩きながら僕のところへ来て抱きついた、そして号泣した。
号泣した時、努めて僕は何も言わず、息子の背中をさすっていた。そうして少し落ち着いたかと思うと、また号泣。これを4回ぐらい繰り返していた。
僕は息子を抱きしめながら、「君はきっとこの時の悲しみを一生忘れないよ」と心で思いながら、大きくなる息子を想像して妻と顔を見合わせて微笑んでいた。
ちゃんと成長しているんだなあ、と遊びに夢中になっている2歳2ヶ月の娘を横に見ながら思い、カブトムシの死をありがたく想った。
週末は友人たちと久しぶりのホームパーティ。

友人が鯛を買って来てくれて塩釜焼きを挑戦してみるとの事。
これまだ生なんじゃ?っていうくらいフワモチッとしている身は絶品だった。

先日カルパッチョの作り方を教えてもらったので挑戦。
魚に塩、オリーブ油の順番で味付けをしたらラップをして上から叩く。そうして1日冷蔵庫で寝かせるとの事。
この日は午前中下ごしらえして、午後から食べたけど味がしっかり染みてて今までのカルパッチョとは違う料理になっていた。
塩で寝かせるとおそらく臭みが表に出てくるのか、それを拭き取らずに食べていたので臭みが気になった。調理したのがアジだったので、尚更臭みが気になったのかも・・・。
次はホタテかサーモンで挑戦するかな。

去年拾ってきた流木をアレンジ。
周りに色々な色の毛糸巻いて飾ってみた。これは思った以上に可愛く出来た!と妻と一緒に喜んでみる。

友人が鯛を買って来てくれて塩釜焼きを挑戦してみるとの事。
これまだ生なんじゃ?っていうくらいフワモチッとしている身は絶品だった。

先日カルパッチョの作り方を教えてもらったので挑戦。
魚に塩、オリーブ油の順番で味付けをしたらラップをして上から叩く。そうして1日冷蔵庫で寝かせるとの事。
この日は午前中下ごしらえして、午後から食べたけど味がしっかり染みてて今までのカルパッチョとは違う料理になっていた。
塩で寝かせるとおそらく臭みが表に出てくるのか、それを拭き取らずに食べていたので臭みが気になった。調理したのがアジだったので、尚更臭みが気になったのかも・・・。
次はホタテかサーモンで挑戦するかな。

去年拾ってきた流木をアレンジ。
周りに色々な色の毛糸巻いて飾ってみた。これは思った以上に可愛く出来た!と妻と一緒に喜んでみる。
