Coffee and Cigarettes -16ページ目

Coffee and Cigarettes

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実際にあった金閣寺放火事件が題材になっている。彼の作品は初めて読んだけど色々と難解でちょっと疲れてしまった感が残る。
先週の日~月と信州の松本へ家族旅行に出掛けた。
母親、父親の企画でありがたい思いで楽しく過ごせた。

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お昼頃に茅野に到着。
まずは腹ごしらえという事で母親オススメの蕎麦屋へ。
「私は蕎麦を食べると言ったら、必ず天ぷら+ざる蕎麦を頼む」という母に便乗する。
蕎麦は新そばの十割。

食べログで3点以下のお店だったけど、とっても美味しかった。
百聞は一見にしかず。自分の舌で確かめないといかんなあ~となんとなく反省。

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御射鹿池(みしゃかいけ)というかなりマニアックな池。魁夷画伯の有名な作品「緑響く」のモデルにもなった場所らしい。雨が降っていて本来鏡の様に映る池は楽しめなかったが、何か幻想的な雰囲気に包み込んでくれるオーラーのある場所だった。
場所もとても辺鄙な場所で、その道を奥へ進むと渋御殿湯という場所で行き止まりになっていた。道すがら点々と見るお地蔵さまらしきもを見ていると温泉と登山を兼ねた神秘性のある場所だということが垣間見れた。

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二日目は松本市内の観光。
松本城は素晴らしい景観だった。黒い城は初めてみた。
天守閣まで登ったけど、子供連れはきつかった。

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その後、酒蔵に行ったり、ワイナリーに行ったり、お焼きを買いにいったりで一通り市内周りを楽しんだあと車山高原方面へ。その途中の紅葉。こんなにも紅葉が美しいと感じたのはなかったんじゃないか!?と思うほどに息を呑む景色を堪能した。

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そんな紅葉を楽しみ濃霧に見舞われながら、頂上付近まで。
山々の連なりが一望でき、また木々が全く無いので眺望が美しく、雲無い時は富士山が見えるという場所まで到達。昔はこんな場所何が楽しいのかさっぱり解らなかったけど、何か心が洗われる気持ちになった。

帰りはギャンギャン泣く子供達にイライラしながら帰ってきて、親とは何ぞやという考えなどに思いを募らせた。

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これはホテルの裏側にお店を構えていた小松というパン屋。牛乳パンが有名という事で購入。

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中はクリームたっぷり。
ちょっと甘すぎ&クリーム多すぎで若干もたれる。

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途中道の駅じゃないんだけど、地元の農産物が豊富に揃うマーケットに運良く遭遇して、買い込む。このほかにも野菜とか味噌とか、色々購入。

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これは渋柿。干し柿に挑戦してみようかと。
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暗い。どんよりする。でも現実はこうだったのかもしれないと思わされる。
宗教上に起きる矛盾やそこから生じる裏切りや暴力。キリストとユダの関係を戦争という背景に重ねて、その上で起こる出来事として綴られている。

キリスト教信者が犠牲者として描かれているというのは、日本人である僕の解釈なのかもしれないが、信じる事によって本当に救われているのか解らなくなる。でもそれは信じる人の自由であって決してそれを攻め立てるべきじゃない事を痛感する。

彼の作品は相変わらず重い気持ちになるけど面白い。
今日妻が、ラデュレのマカロンの空き箱を息子に見せて
「昨日食べたマカロンはどこのブランドだったでしょ~か?」と質問していた。
息子は至極マジメに「ラザニア」と答えた。

「ラ」から始る言葉だったのは何となく覚えていたんだろうと思う。それを先週末食べた「ラザニア」と混同してしまっていたようだ。


僕は最近息子に3つの言葉を覚えさせた。ゲームの様に「言えたらかっこいいぞ~」という励みをつけて。そうしたら今ではスラスラと早口言葉の様に言ってのける。その言葉は正岡子規の短歌と俳句

・くれなゐの二尺のびたるばらの芽の針やはらかに春雨の降る
・柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
それと
・いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせすん

今日の朝食時には正岡子規の短歌を歌を歌うように勝手にリズムを付けながら歌っていた。
それを聞いて、「リズム」というのが「覚える」という事においてとっても重要なんだなあ、と改めて思った。だからラデュレという言葉を覚えさせたかったら、マカロン&ラデュレの歌を作ってあげればいい。

「覚える」事が苦手で、社会や理科や国語の点数が悪かった僕は、自然とこれらの科目で学ぶ題材も嫌いになっていた。そういう思いを息子にはなるべくさせたくないというのは前々から思っていたので、何か将来
「リズム」という視点で問題を解決できればいいかな~と漠然と思った。
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週末は友人の誕生日をお祝いするため、我が家でホームパーティ。
家族総出で料理に励む。写真はケークサレ。初めて作って大失敗。途中の工程(ベーコンと玉ねぎを炒める)を飛ばしてしまい、なんかパサパサした感触になってしまった。味はとっても良かった。またチャレンジしてみる。

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最後の方は酔っ払って覚えてない。
よって雨の中買いにいった、東京いち美味しいショートケーキと評判の「イナムラショウゾウ」のケーキの味も覚えてない。こちらもリベンジ。

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日曜日は印旛に住む友人宅へ遊びに行く。昼からお好み焼き屋で飲んで、その後そのモールで企画されていた花壇作りに皆で一生懸命に励む。子供の為だったけど、次第に大人達だけで楽しんでいた。

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交通量も少なく、綺麗に整備された街はスケボーにうってつけだったが子供達にとられてしまう。

子供の様に遊んだ週末だった。
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いつ買ったんだろう?なんで手に取ったんだろう?いざ読もうと手にとってみると、何かこのタイトルにうそ臭さみたいなのを感じて少し躊躇したけど、最初を軽く流し読みして「読もう!」と決めた。

もう目次で結構なページ数をとっているので、十頁はすぐさまやってくるのだけど、十五頁ぐらいきて、「あ~そういえば十頁過ぎてるなあ」と思わせてくれたので最後まで捨てずに読むことにした。


最初から最後まで「手紙の書き方」を遠藤先生が面白おかしく教授してくれる。彼の作品で「沈黙」しか読んでいない僕からして「なんてユーモアのある人なんだろう」とまずは遠藤周作という人の人となりを知って驚かされた。

今この世の中が「メール」という手段で簡単に自分の思いを伝えられる環境にある中で、僕らは
・思いを伝える上での相手への思いやり=>言葉を考えること
・思いを伝えようと思うそもそもの気もち=>手紙やメールを送るということ
が非常に疎かになっているなあ、と考え深い気持ちになる。こういうことを反省させる為の本ではそもそもないのだけど、手紙というものが送る人と読む人の環境・状況などで捉え方が異なるという事、その上で人への思いやりというのが大事だという事が細やかに書かれている。


中でも面白かったのは、2つ。

①「影を書け」と遠藤周作がその昔作家を目指した際に先輩に教えを乞いた際の言葉からの話。それは夏の暑さを描写するにも影を書いた方が、それが読む側に伝わるというもので、暑い描写は聞きなれていたりする事で陳腐になりがちだから・・・という様な事が書かれている。


②もう1つは「本の読み方が違ってくる」「手紙が書きたくなってくる」遊びを一緒にやろうよ!とこの本の中で遠藤周作が急に話しかけてくる場面。何?何?と思ってしまったが、これを読んだあなたも是非1日1回遊んでみては?

それは何かというと、1つの状況を例にとって、例えば夕方沈む大きな太陽を「○○のような太陽」と自分だけの表現を作ってみるという遊びをしようというもの。これには僕は尻ごみしてしまった。
ここでは文章の達人だったら、こうやって書いてるよという例も挙げられている。
・大きな熟れた杏のような
・赤く潤んだガラス球のような

もう流石~!と思わずにはいられなかった。
次もこの勢いで遠藤周作の「白い人」を読んでみようと思う。
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この2つの短編はどちらもどん底の寂しさを感じさせ、男臭い寂寞と女の怖さが滲み出ていて嫌な気持ちになるけど面白かった。純文学を久しぶりに読んだ気がする。
最近ロングスケートボード、略してロンスケにはまってる。といっても、先週末から練習しはじめてちょっと乗れるようになったぐらい。

きっかけはサーフィンのオフトレ。頭デッカチにならないようにイメトレからスタートしていて、このビデオを暇があれば見ている。


このビデオで流れる音楽、The DODOSというアーティストで、はまりつつある。
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彼女の作品は初めて読んだ。題からして勝手に小説だと思っていたら、エッセイであり立派な歴史書だった。

主には東欧の民主化運動が題材になっていて、その辺りの歴史に疎い僕は考えさせられる事が多かった。

考え深かったのは、僕が日本から離れて長く住んでいる環境にあったら、日本に対してどう思うんだろうという考えを起こされた事だった。それを彼女は体験しており指摘する。
「この時のナショナリズム体験は異国、異文化に接した時、人は自己を自己たらしめ、他者と隔てる全てのものを確認しようと躍起になる。自分に連なる祖先、文化を育んだ自然条件、その他諸々のものに突然親近感を抱く。これは一種の自己保全本能のようなものではないか」

抽象的な人類の一員なんて、この世に一人も存在しない。そう考えると相手も立派な文化を抱えていて、お互いナショナリズムに立てこもったりする事で民族紛争に発展するんだろうと思う。
互いの多様な文化を認めること。それには自国の文化を知り愛するという事が大事なんだと思う。