Coffee and Cigarettes -12ページ目

Coffee and Cigarettes

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$Coffee and Cigarettes
晩年の随筆。彼の人となりが感じとれる作品だった。
友人である正岡子規の名前が出てきて「ドキッ」としたり。

テレビなどの娯楽がなかった時代からなのか、寄席に行っては講談をよく聞きにいっていたようだ。また彼に意見を聞きたいという、今で言う「ファン」的な人達からの手紙や意見具申などに対する態度などの真摯たるや驚きがあった。非常にマメな人物だったのかもなあ、と思った。

人の死に対する考え方を漱石なりに述べた随筆が面白かったな~。そしてそれが今の時代でもあまり考え方が変わっていないのも考え深かった。
Coffee and Cigarettes
レコード棚を作成
足は鉄鋼アングルがいいかな?棚板は無垢材がいいなあ?とか近くの材木屋に見積もりかけたり、鋼材の規格を調査したり、鉄に穴をあけてくれる業者を探したり、色々調べたけど結局近くのDIYショップでいつものとおり材木購入して作成。

Coffee and Cigarettes
梁を濃紺のペンキで塗った。その他3日かけて色々リフォームをして満足な出来栄え。
子供のおもちゃ達が綺麗にしまえて嬉しい。
Coffee and Cigarettes
言葉、文体が美しいと思った作品で川端康成の「山の音」という作品が過去に挙げられる。今回はそれ以上というかまた別の意味で織り成す表現が美しく、また1つ1つ心に刻まれていく感動があった。

この作品は幼少の思い出を1つ1つ大事に心に描いて、解りやすい言葉で表現している「素直さ」が読んでいる僕に親近感を与えてくれたのか?怒ったり、悲しんだり、怖がったりするお話に他人事とは思えないような気持ちを抱いて読み進めた。

こういう出会いがあるから本って面白い。
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久しぶりに純小説。
芥川賞を受けた作品って、なんでこう暗い気持ちになるんだろう。
イギリスでは抜けた歯を枕の下に入れて眠ると、夜のうちに妖精(トゥースフェアリー)がきて歯と引き換えにお金を置いていくという言い伝えがあるらしい。

妻から「今日ママ友から聞いたんだけど」といった切り出しで、この言い伝えにまつわる小さな事件について話を聞いた。それは小学生1年生の子供同士で起きた言い争いで、
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A君:「俺の家では、歯を置いたけどお金が置いてなかったぞ~、お前嘘つきだ!」
Bさん:「嘘じゃないよ。ちゃんと私のママに教えてもらって、やってみたらお金置いてあったもん」
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と言い争いが起こった。それぞれ仲間も居たようだ。
この争いを聞いていたC君は事の成り行きを母親に説明して
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C君:ママ!僕、前に抜けた歯があるから、今日枕元に置いてお金が置いてあるか試してみる!
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と言い出した。
このC君のママというのが妻の友人で、「それでさあ~C君のママはね旦那さんと相談して・・・」と話を続ける妻に「ちょい待ち!俺だったらどうするか考えたい!」と静止させて思案に耽った。


思案中には僕は「それを聞いてどう思ったの?」と妻に質問。
「素敵だと思えた」と答えた。

考えたあげく僕は「置かない」という答えを出した。
きっと息子は「お金なかった」と朝起きて報告してくると思う。その時、この言い伝えの意味やお金を置いている人が誰かを話して聞かせるというもの。
僕なりに大事にしたのは、この言い争いをしたA君とBさん両者の気持ちにたって考えて欲しいというもの。
「僕の聞かせた話は友達に言ってはいけないよ。」とも言伝しての話なので、6歳の子供には酷かなあ~とも考える。でもお金を置いたらA君の気持ちにはなれないし、単純にBさんに加勢するだけだし・・・と考えたり・・・難しい。


そのママ友のお母さんは「変わりに手紙を置いた」という。
その手紙には「歯を大事にしてね。大きくなったね。」といった歯の妖精からの言葉が綴られているというもの。C君は話を聞く限りでは喜んだらしい。
で、それを近くに住む友人(ハーフの子)に早速言いにいったら「僕はハーフだからお金もらえたけど、C君は日本人だから手紙だったんだね」と話合ったらしい。

小学生だから、子供だから、6歳だから・・・
と何でも話す前に決め付けちゃいかんなあ、とこの話を聞いて思った。


C君のママの手紙を渡すっていうのは「手紙」=「素敵」みたいな魔術にかかっている様で何とも腑に落ちなかったけど、今思うと、お金の置かれなかったA君や、お金の置いていたBさんや、手紙を置かれたC君、そんな状況を聞いて本人も周りの子供達も「色々あるんだなあ」と思うってのも良い社会勉強だなあ、と感じている。

皆はこの事件、どう対処するんだろう・・・。
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「幕末の頃の日本は欧州から見ると中国の隣にある島国程度として見られていた」、といった様に日本を客観的に見て書かれた書物。この著者「メーチニコフ」は様々な国を周って民俗学的な視点で国々を眺めている為、明治維新後の日本をどう捉えるのか?わくわくしながら読み進めた。

「日本では常」と思っていた事が、この民俗学者から見ると異様に映り、感想を述べるそれは至極面白いものがあった。そうして同じように共感を持ちながら驚くといった様。


「へえ~」と思った中国から受けた日本文化の影響や、教育や芸術を盛んに推奨し教育を施した祖先、そうした歴史を踏んで日本って国は成り立っているんだと感動させられた。

明治維新っていうのが日本の欧州化といった潮流をメインにもってくると、どうしても「外国のマネ=独自の思想を持っていない=日本文化の廃頽」などなどネガティヴな発想が頭をもたげるけど、孤立した島国といった環境から生じる独自の文化っていうのが他国から比べても類を見ないほどに完成されているものもあり、それは素晴らしいものであるという事も書かれている。

例えば「ここまで成功している封建制度(社会)は日本だけである」、とか「複雑に入り組んだ歴史を重ねて生まれた、これまた複雑な日本語を自由に操る日本人の賢さや努力」とか、「身分や職種や性別や大人子供などで言葉を使い分ける、日本人でしか決して解らない独自の文化を形成した背景」とか、挙げだしたらきりがない。

昔から今にかけて失われたものも沢山あるけど、「備わっている精神」や「守り続けられる文化」も沢山あってネガティブな部分ばかり見ていては駄目だなあ、と反省させられた。
Coffee and Cigarettes
週末は大学友人と久しぶりの会合。小川町界隈にある明治から続くといわれる老舗酒場で酒盛り。
アジフライ旨すぎ。


Coffee and Cigarettes
土曜日は近所の保育園開催のふれあい会なるものでカプラで遊んだ後、代官山の蔦谷書店へ。話題なだけに混んでいて、「本屋はこれじゃいかん!」とサラリと見回って退散。雑誌や海外書籍を探すには面白いコンセプトだった。


日曜日はIKEAへ。
「まるで人の家にお邪魔しているかのようなレイアウト」というリニューアルが行われてから初めて見て回ったけど、とても面白かった。それ単体では決して買わないような棚も、置かれている小物や環境をリアルに見ちゃうと欲しくなる。
子供用のテントを買って家に広げてみたら、思ったより大きくて部屋が狭くなってしまった。
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サーフテイストに仕上げてみたキャンドル達。
あとちょっとでパラフィンも終了する。
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代表的日本人(内村鑑三)に続いてこの書籍を読んだのには理由があって、明治の頃に日本の文化と思想を欧米に紹介した代表作として、岡倉天心の「茶の本」と並べてこの3冊が有名だという事で選んだ。


内村鑑三が人物にスポットをあてたのに対して、新渡戸稲造は武士が大切にした哲学、倫理にスポットをあてている。

面白かったのは欧米思想と日本思想の異なる点を武士道が大事にする倫理からみて指摘していた内容が、ニューヨーク旅行で感じたあの文化の違いに対する違和感の問題解決に繋がった事だ。

・それは礼についての思想について。
例えばプレゼントをする時に、日本人は「つまらないものですが」というのに対して、アメリカ人は「素晴らしい物を用意したわよ」と言う。これは「アメリカ人は贈り物の物質について言い、日本人は贈り物を差し出す精神について言う」と説明している。この文化の違いは非常に面白い。相手に対しての礼を精神的に捉える日本人の特性は良くも悪くも個性的だなあと感じる。

・また忠誠心から生じる精神について。
例えば我が子が、我が藩主の為に自害させられたとしたら、それは名誉であり、その子の属する家族の名誉になるという思想があったという事実。
封建的な考えの様に思えるんだけど、これを忌みせず賞賛していた時代が現にあって、日本人は非常に仲間意識が強く、個々よりも自分の属する集団を意識し大事にする精神が宿っていると感じる。外資系の会社で個人プレーを重んじる傾向を何かの番組で垣間見た覚えがあるけど、それをそのまま日本に持ってきても精神的に馴染めないんだろうと感じる。


日本のオリジナリティというのは今でもしっかりと息づいていて、「マネの上手な国」と日本の精神を萎えさせる様な教えを過去受けた事があるが、これは大きな間違いだと強く感じる。


薔薇に対するヨーロッパー人の賛美。
華美なる色彩
濃厚なる香気
棘を持つ薔薇に見られる生命の執着

桜に対する日本人の賛美
強くもない淡い色彩
主張しない香気
咲いては直ぐに散ってしまう儚さ
こういった趣向からも日本人の特性が伺えると新渡戸稲造は語っている。

武士道の教えは品性建つるが第一で、知的才能は重んじられず、美的嗜みは重要な役割という教えが大事とされ教育にも影響を与えていたという。
何を大事とするか武士道の教えを垣間見ると、今の世の中、個々がそれをじっくり考え、持ち、代々と伝えていかなきゃいけないのかもしれないと、自分の立場とか役割とか改めて考え直される思いを持った。
昨日奥様が好きでみている「ストロベリーナイト」というドラマで竹内結子氏がこんな様な意味の発言をしていた。
「あなたはずっと加害者を罰している立場だった。まさか自分が被害者になるとは思ってもみなかったんじゃない?」
合ってるかなあ~まあ、こんな内容だったと思う。
その瞬間、自分の心境の変化に気付いた。


何かの事故で

自分が亡くなったり
妻が亡くなったり
子供が亡くなったり
そういった出来事は以前「まさか自分のまわりで起こるわけ無い」と蚊帳の外で起きている事の様に感じていた。でも年始に事故を起こして、「あ~自分は死ぬかもしれなかった」と思ったら、死ぬっていう事は「ふっ」とした時に突然訪れる事だってあるんだよなあ、と思うとこういった出来事について他人事には思えなくなった。

この前ニュースでケンタロウ氏が事故を起こして「命に別状はない」と報道されていたけど、「じゃあ、良かったね」とは全く思えない。頭に障害を抱えたら起こる可能性のある身体への異変とか身をもって経験している立場として「至極これから大変だろうなあ」と思わずにはいられない。

身体って言うのがどんだけ精密に出来ているか、遂次変化する体調不良や体調改善に驚かされている。
そうして事の重要性を感じて気持ちが沈みそうになる事もあるけど、こういう心境の変化によって今までの感情とは異なった感情を持つことで新しい発見があると思うと、事故を起こしてネガティブな事ばかりじゃないんだ!と元気付けている。