血の涙を流すマドンナがいる小礼拝堂とヴィニョーラの役所とお城 | イタリア ローマの新聞屋さん

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イタリア在住22年。以前エディーコラ(新聞や雑誌を売るお店)を経営していましたので、このタイトルです。
お店は売ってしまいましたが、続けて興味のあるイタリアの芸能、旅行記、食などについて書きます。最近は主にユーチューブで旅行・生活vlogを公開しています。

ヴェッレートリ続き
 
博物館を観終わり、
この建物の裏に何があるのか知りたくて、ぐるりと、、、、
 
あ、何か素敵な建物が。ラブ
 
サンタ・マリア・デル・サングエ小礼拝堂
Oratorio di Santa Maria del Sangue
 
1516年に奇跡が起こったのですって。
サン・ミケーレ・アルカンジェロ教会の近くの
家の壁に描かれたマリア様の絵の目から血の涙が流れたという!
えーんえーんえーんえーんえーん
 
町の人々は、このマリア様の奇跡の壁画を祀るために、
1579年にConfraternita della SS.ma Trinità de’ Pellegrini という、旅人が食事をしたり、休憩できるホテルの様な場所に置くことにしたそう。
 
 
建物は八角形の ブラマンテ様式 stile bramantesco
だけど、誰が設計したかなどは分かっていないの。
 
ブラマンテはこの頃はもう亡くなっていたし、、、
 
ともかく、設計図などを保管していた
彼の弟子の建築家アレッサンドロ・ダ・パルマ Alessandro da Parma 
ではないだろうか?と言われているそう。ラブラブ
 
神殿内には、3つの祭壇があり、
中央には、1579年にローマでつくられた大きな十字架が。
左は聖母子のフレスコ画が、これが奇跡の絵だという伝説なのです。アップ
 
イタリアにはマリア様が血の涙を流したという奇跡の伝説をよく聞く、
って相方くんが言ってる。
 
調べて今知ったので、入ってません。宗教イベント中かな、開いてたんだけどね。
 
隣は、

サン・ミケーレ・アルカンジェロ教会

San Michele Arcangelo

ここはまだ調べてない。パス。

 

チェーザレ・オッタヴィアーノ・アウグスト広場
Piazza Cesare Ottaviano Augustoです。
 

 

役所 Palazzo del Comune

同じ建物の裏が博物館ね。16世紀

 

前回、博物館のことを書いたとき、調べたけど、

建築家が知りたくて。。。

更に調べるとね!

 

1572年建築開始、プリオリ宮 Palazzo dei Prioriとして建てられた、ヴェッレートリの役所の宮殿。

1590年完成したが、実際には1720年まで長引き

2世紀にも渡り建てられたという。

 
 

ヴィニョーラ Vignola がデザインしたものを、

ジャコモ・デッラ・ポルタ Giacomo della Portaが設計して建てられたの。!!!!

 

度々問題があり改修され完成したのは、1720年。

1944年に爆撃にあい、1956年にオリジナルのデザインで再建

シンプルな設計で、三階建て。両脇に大きな階段があるそう。

 

シンプルだけど、カッコイイよね、さすがだね。

柱廊があるのはラツィオ州では珍しいよ。

 

この街が最先端をいくお洒落な街だったのが分かるわ。

 

内部の 二階部分のSala delle Lapidi に、この町から出土した碑文など歴史あるものが展示されているそう。

 

 

コンセルバトーリ宮殿

ヴェキオ宮殿 Palazzo Vecchio か  Palazzo dei Conservatori

 

 

1822年に、ヴェッレートリの教皇管轄区 Delegazione di Velletri

として建設開始、1870年に裁判所となった。

1944年に倒壊、オリジナルに近づけ再建。

 

 

左は司教区のマークだよね。

 

右は??

 

役所の柱廊に2つ像があった。チェーザレとアウグストゥスかな。
調べてない。
 
もうブログ書くの時間かかってしゃーないんで、続けます。
 
 
噴水が気に入ったの。
私が好きなマスケローネ
さっき寄った前回に書いたマッツィーニ広場の噴水と似てる。
この後見つけたカイローリ広場の噴水も、
同じ人の作品かな。
まだ調べてない。笑い泣き
 
 
コーリやロッカマッシマ方面かなー?
 
 
相方くんはお腹が空いてるので、おばけ
どこかで食事をしたいらしく、賑やかい通りの逆方向に誘導するんですけど、滝汗
 
私はローマでインドカレー食べたので、、、
逆らいます。口笛
 
 
坂があれば登りたくなります。
小さい教会、名前がわかりません。
 
 

サン・ロレンツォ教会 San Lorenzo

また気が向いたら調べます。

 

 
さらに、、、坂道があると、登りたくなります、、、
 
 
中世の城壁?
 
後でわかったんですが、
お城通りという名前がついているんで、
カステッロ お城があったんでしょー。
フェンスが張ってあって見れません。
 
この辺りも気になりますが、調べてません。
 
行きとまりだったんで下ります。
 
 
石畳が、お城への道って感じでしょ。
 
中世の頃は、デカルチャ decarcìa 
複数形 decarcìe と呼ばれる、
5から6に分けて地区を呼んでいたようですね。
 
この辺りはもちろん、お城の地区 Decarcia Castello
 
調べているうちに、昔の趣のある建物のポストカードの写真、
倒壊した様子の写真が見つかり、、、、
第二次世界大戦で、古い建物がたくさん壊されたんです。
 
とっても残念な気持ちです。滝汗
被害者もたくさんでたんだろうな。。。。チーン
 

1744年のヴェッレトリの戦いや、1806年の地震でも被害が出てるのでしょう。

 

再建された建物が多いですね。

重要都市だったでしょうから、狙われちゃうんですね。

 
気を取り直し、、、
さっきの広場に戻って、、、
 
 
フランチージェナ街道を下ります。
教会がいっぱいあるはずだー。
 
フランスやローマから歩いてきて、ナポリやブリンディシ方面に向かう人、
この景色に感激したでしょう。ラブラブ
 
私はちょっと登っただけでも、フーフーアセアセ
大感激したが。ラブ
 
続く。。。。
 
 

 

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