散歩日 2013.01.01
アヴェンティーノ大通り、アルバニア広場から
アヴェンティーノの丘に登る通りに
聖プリスカ教会があります。
サンタ・プリスカ教会 Parrocchia di Santa Prisca
4世紀か5世紀に作られたと思われる
アヴェンティーノ地区では一番古い教会。
聖プリスカ(エステの聖女ベアトリス)
ベネディクト修道院の創立者。
プリスキラとアクラ Santi Aquila e Priscilla の娘。
13歳だったプリスカは
アポローン APOLLO の銅像を大事にしなかった罪で
ローマ帝国の第4代皇帝 クラウディウス CLAUDIO を怒らせ牢屋にいれられました。
チルコマッシモの見晴台で鞭でたたかれました。
でもライオンは貪り食うどころか、彼女の足元にひれ伏しました。
それで、また牢へと放り込まれ、鞭打たれ、火炙りをしましたが、
火でも無傷でした。
そしてとうとう首を切り落とされたそうです。
11世紀のノルマン人Normanniの侵略により壊された後、何度か修復を繰り返し
現在のファサードは17世紀のものです。
この教会の地下には
古代ペルシャの太陽神 ミトラ教の集会所 が残っています。(一般公開はされていません)
ミトラ教は、古代ローマで隆盛した、太陽神ミトラス(ミスラス)を主神とする密儀宗教。
ミトラス神殿遺跡の壁に
et nos servasti . . . sanguine fuso (そしてあなたは我らを救う……流された血によって)
と書かれているそうです。何を意味するかは不明。
ここで発見されたミトラ神の大理石の像は、現在ローマ国立博物館所蔵。
聖具室には
ジョヴァンニ・オダッツィの「無原罪の御宿り」があり、
中央祭壇には
フィレンツェの画家パッシニャーノの祭壇画「聖プリスカに洗礼する聖ペテロ」
があるそうです。
また教会内を訪れたら更新します。
マドンナ
サンタ・プリスカ広場
教会の入り口周辺で遊ぶ猫。うろうろ。
オレンジの公園へ向かう途中の
S.A.Magno通り via Sant'Alberto Magno
この壁、3段階に作りが変えられています。面白い!
徐々に高くしていったのかな。
ローマ七つの丘のひとつ、アヴェンティーノの丘
ローマ城壁周辺なので、長い間人は住んでいませんでした。
紀元前5世紀頃、下層民が住むようになりましたが、
その後、貴族階級の人々が住むようになり、
410年にはゴート族により強盗に遭いました。
教会だけ残り、周囲は農地と化しましたが、
1930年代にまた裕福な人たちの豪邸が立ち並ぶゾーンに変わりました。
アヴェンティーノの丘は静かなところです。
イタリア語の辞書で AVENTINO を調べると
ritirarsi sull'Aventino という熟語があり、
(政界などで)舞台裏に退く という意味になります。
参考文献
サンタ・プリスカ教会教会 公式ホームページ(イタリア語)
http://www.santaprisca.it
サンタ・プリスカ教会 ウィキペディア(イタリア語)
http://it.wikipedia.org/wiki/Santa_Prisca_(chiesa_di_Roma)
聖プリスカ ウィキペディア(イタリア語)
http://it.wikipedia.org/wiki/Prisca_romana
ミトラ教 ウィキペディア(イタリア語)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%83%A9%E6%95%99