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「では鴫丸さんご免なすって、これでお別れをいたしましょう」
「これでお別れをいたしましょう。いろいろ有難うございました」
 朧おぼろの月光と紗しゃのような霞かすみとで、練ねり合わされているがために、千本お屋敷とご用地との露路は、煙りの底のように眺められたが、その中をトボトボと鴫丸の姿が、人間の殻からのように歩いて行く。と、曲がって見えなくなった。小堀こぼ国際恋愛り屋敷のほうへ行ったようである。
「とんだ道草を食ってしまった。どれ急いで走って行こう。お粂姐くめあねごが待っているだろうに」
 金兵衛は小刻みに走り出したが、下立売しもたてうりから丸太まるた町を抜けて、所司代の番士のお長屋の、塀の側まで間もなく来た。と、お粂が立っていた。

開けられた窓

「金ちゃん、どうしたんだよ、遅かったじゃないか」
 息せき切って走って来た、金兵衛の姿を迎え取るようにして、このように声をかけたのは、徳大寺卿を送ってから、半刻ときあまりもたたずんで、じれ切っていたお粂くめであった。
 と、金兵衛はお粂の前へ、ピョコリと一つお辞儀をしたが、「姐あねご済みません、あやまります。実は道草を食いましてね」
「道草?」と聞き返したがお粂の声は、不安なものを持っていた。
「それではなにかい、てきらの一人と?」
「なんのなんの」とそれを聞くと、金兵衛は手を振って払うようにしたが、「そんなたいした道草の種なら、済みませんなんて謝罪あやまりはしません。ただ道化どうけ者に逢っただけで」
「道化者? ふうん、どんな道化にさ?」やはりお粂は不安らしい。
「へい、こういう道化者なので」思い出してもおかしいというように、金兵衛は一件を話し出した。