ブレイクするする思考3 | 止まるな! 歩いていい! ジリジリ進め!

止まるな! 歩いていい! ジリジリ進め!

右脳を磨き悩みやコンプレックスから脱却! 煮詰まった想いへちょっと違った視点を! 思いがけない自分に出会うためのお手伝いをしたいと思う人の活動記録。登ったり描いたり右脳を掘り起こしたり…エッジの効いた生き方をジリジリ・モタモタ模索する珍道中記でもあります 

ときどき飛び出す激情劇場w


「子供達が食べ物のおすそわけを持ってきました。ある子はチーズをひとかけら、ある子はパンをひとかたまり、ある子は果物を…子供はたくさんおりますから、たくさんの食べ物があつまってその晩はちょっとした引越しパーティーをやれたほどです。貧しい人だけが知っている心のこもった楽しいお祝いになりました。こうしてモモと近所の人たちとの友情がはじまったのです」


ミヒャエル・エンデの『モモ』の始めの部分、モモが廃墟の舞台に住み着くことを住民たちに許された場面にこんな感じの描写があります。


要するに自分は派手なことが苦手です。例えば派手というのは単純な見た目のことだけじゃなくて、お金や力量がともなわないのに大成功している人やテレビなんかで大々的に行われているショーを真似たようなもののことです。陳腐なものしか参考にできない思考、「こうあるべき」という硬化……。先月にウェルカムボードを描いたりした友人の結婚式はいまどき珍しい派手婚(笑)でしたが、心のこもったおもてなしと苦労を重ねた二人の門出を集う人の気持ちがどえらい磁場となってそれはそれは素晴らしい式となりました。当然、こういうのは自分の中で違和感はない。

そんなことを考えたのは、ここのところクリニカル・アートのセッション続きだったのですが、アーチストのエゴを全面に押し出して凄く難しいことを参加者に要求した結果、素晴らしい作品ができたこととは反対に参加された方々が口々に「何してるんだかわからない」「もう苦しいから終わりにしたい」とおっしゃってアートセラピーがアート拷問に変わる瞬間を目撃してしまったから。講師の方自身もちょっとした作家ではありますが、セッションのなかで唐突に某有名アーチストの作風を説明して参加された皆様キョトンとしてしまい、なかには美術の素養がないといって気にされている方もいますから、美術の用語が出てきて緊張してしまったりという事態に。そしてそのアーチストの技法を意識してやってみましょうという展開に。お年寄りなどはお話事態が理解できず、なかなか手が出せない状況に。。講師が思い入れたっぷりに語るほどに会場の違和感が増していくという苦しい現場体験でした。

もうひとつは、ずいぶん前にいわゆる起業セミナーみたいなものに顔を出していたことがあるのですが、そのときの講師の方に懇願されてコミュニケーション力を高めるといった内容のセミナーに参加したのです(さくら的に)。そこで事前に送られてきた案内メールのまあ派手なこと…リンク先をクリックするとワードプレスっつーんですか?スーツの講師の背景がキラキラして小出しにされた情報を追いかけて下へ下へスクロール、ようやっと辿り着いた先に「無料の動画プレゼントしますんでメルマガ登録して」みたいな小窓があるやつ。セミナーもそんな感じで謳い文句は「多くの人を成功に導いた」「人間関係が良好になって稼ぎが増えた」「結婚できた」とかなんか色々成功談とともに書いてあるんですが、フタ開けたら4人しかいなかった……(笑)。僕は美術のセッションを運営することに興味があったので、例えばコーチングの人たちはどうやってんのか興味があったんです。しかしまあ割と有名な方で著作も多数ある人でもこんなことやってんだ、って感想しかなかったですね。河合隼雄先生を敬愛する僕としては許し難い、臨床家の語ることを水で薄めたようなマインドなんとかとかスピリチュアルとかやって個別相談やって、まだモヤモヤする人は後日スカイプで相談受けますとか言って、最後の最後に何十万とかの講座の案内するっていう手法。こういうのうすうすわかってたけど「この人もそうなんだー」ってガッカリ。本でも読みゃーわかること、体験の中からしか変えることができないこと、そういう気付きを得る機会がない人を食い物にしてるんですな。“場”というのは大切だけれど、何十万も払って得るようなことではないと思います。


もうはっきり言いますけど、僕はとりあえずこの二つの事例のようなことにはアンチの姿勢でやってます! 「自分の心はままならぬ」「やればできちゃうことがある」「みんな違ってみんないい」などなど言い尽くせないですけどね、心がけていることがあります。己のしょうもなさをいったん受け入れるという苦しい作業をアートや登山で少しだけ楽しくなんとかやってきたややこしい僕だからできることがあるんじゃー! ボケ~!!!

「小さなモモにできたこと、それはほかでもありません、相手の話を聞くことでした。そんなこと誰だってできるとみなさんは思いますよね? でもそれは間違いです。本当に聞くことのできる人は滅多にいないものです。しかもこの点でモモはそれこそ他には例のない素晴らしい才能を持っていたのです。モモに話を聞いてもらっていると、バカな人も急にまともな考えが浮かんできます。モモがそういう考えを引き出すようなことを言ったり質問したりしたというわけではないのです。ただじっと座って注意深く聞いているだけです。その大きな黒い目は相手をじっと見つめています。すると相手は自分のどこにそんなものが潜んでいたかと驚くような考えがすうっと浮かんでくるのです」

こんな感じの人、2人くらい知っています。やはり人の悩みと相対するような仕事している方々ですが、命かけて他人と向き合ってますね。うん、真面目にいこう。


※ここ数日の活動報告はまたまた後日に…