最近、詩集を読んでいるという話は度々書いているが、昭和の日本の詩人の中に鮎川信夫という人がいる。
「死んだ男」という詩をここに載せてみる。
たとえば霧や
あらゆる階段の足音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
――これがすべての始まりである。
遠い昨日・・・・・・
ぼくらは暗い酒場のいすのうえで、
ゆがんだ顔をもてあましたり
手紙の封筒を裏返すようなことがあった。
「実際は、影も、形もない?」
――死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった。
Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かった黄金時代――
活字の置き換えや神様ごっこ――
「それがぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて・・・・・・
いつも季節は秋だった、昨日も今日も、
「淋しさの中に落葉がふる」
その声は人影へ、そして街へ、
黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだった。
埋葬の日は、言葉もなく
立ち会う者もなかった
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。
空にむかって眼をあげ
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。
「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」
Mよ、地下に眠るMよ、
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。
はい。
大変素晴らしいですね。
そんな鮎川先生の最期は甥の家族とスーパーマリオブラザーズに興じている最中に倒れて病院に運ばれたまま亡くなったそうです。
僕は昨日それを知って鮎川信夫詩集の購入を決意しました。
そんなアルバム「サッドソングス」のダイジェストを聴いてきみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。
サッドソングス通販
チャオ。