散々に十代のカリスマの如き駄々をこね倒した結果、相手側のほうから、高等学校の入学が決定したら入学祝いも兼ねて我々の方で、今あなたが購入しようとしている胡散臭いものではなくもっとしっかりしたものを購入出来るように出資してやる、という妥協案が提案された。
もともと自分が本当に欲しかったのは当時に定価6万5千円のフェルナンデスのFRというモデルだったのでわたくしはその提案を受け入れ、約2ヶ月の間、受験勉強に打ち込むフリを続けたのである。
そして、高等学校の入学が決定してすぐの3月。
本八幡の島村楽器で自分のお年玉と両親の出資を合体させ、出生以来、初のエレクトリック・ギターを自分は入手せしめることに成功したのである。
つづく。
チャオ。