ケンジとノリコは、小さな頃から、
とても仲のいい幼なじみでした。

ノリコは、まわりの子供たちよりも、
ぼんやりとして少し変わった子でした。

他の子から何か言われても、
すぐに答えることができません。

いつも時間をかけて、
よくよく考えてから、
やっと返事をしていました。



そんなノリコのことを、
からかったり悪口を言って、
いじめる子供たちもいました。

勝ち気なケンジは、
いじめられているノリコを見つけては、
いつも、かばって守ってあげました。

ふたりの出会いも、
公園で、ひとり泣いている
ノリコを見かけたケンジが、
声をかけたのがきっかけでした。



ケンジは、
ノリコといると、
カラダがぽかぽかして、
ココロが安らいでいました。

ケンジといるときの
ノリコもまた、
ココロが落ち着いてきて、
すっかり癒されていました。

ふたりは、おたがいに、
いっしょにいることが、
この世界で
何よりも一番の幸せでした。



ふたりは成長するにつれて、
幼い頃よりも、だんだんと、
いっしょにいられる時間が
限られていきました。

それでも、ふたりでいられる
大切な時間を見つけるたびに、
まるで兄と妹のように会っていました。

ふたりは、おたがいに、
いっしょにいられることが、
この世界で
何よりも一番の祝福だったからです。



十七歳になった、ふたりは、
幼い頃からこれまでに、
何度かケンカをしたこともありました。

でも、すぐあとに仲直りして、
あとはより深く、ずっとずっと、
仲良く平穏に過ごしていました。

ふたりは、おたがいに、
いっしょにいることが、
この世界で
何よりも一番の宝物だったのです。





ある日、ノリコが、
いつものように、おふろ掃除の
手伝いをしていたときでした。

ケンジが車にはねられたと、
彼の母親から電話がありました。

午後の河川敷を、
ケンジと楽しく散歩してから、
手をふって別れたあとの事故でした。

おどろいたノリコは、
あわてて病院へかけつけました。

ケンジは、
すでに息をひきとったあとでした……。





ノリコは、
ケンジの葬儀のときも、
ひとつぶの涙も流しませんでした。

ノリコは、泣きもせず、
怖がりもせず、驚きもせず、
ヌケガラのようになりました。

ただ、ただ、どこか遠いところを
見つめるようになっていました。

うつろになったノリコのヒトミは、
見えないところだけを見つめていたのです。





ケンジの葬儀もすんでから
日がたち、みんなが
ようやく落ち着いてきたころでした。

ノリコは静かな夜、自分の部屋で、
ワッと泣き出しました。

痛いほどの悲しみが、
とめどもなくココロに押し寄せてきます。

泣いても泣いても、
泣いても泣いても、泣きやみませんでした。




それからのノリコは、
毎夜、毎夜、
悲しくて、悲しくて、
たまらなくて泣いていました。

「さびしいよ……さびしいよ……さびしいよ……」

どんなに泣いても、
どんなに呼んでも、
ケンジはノリコのところに帰ってはきません。

ふたりで過ごした幸せの時間も、
今では、はるか遠くて
届かないところに行ってしまいました。

ノリコは、
公園で泣いていた幼いころのように、
この広い世界のなかで、
ひとりぼっちになっていました……。





ある嵐の晩も、
ノリコは泣いていました。

窓のそとでは、つよい風が吹いて、
横なぐりの雨がしきりに降っていました。

家のすぐとなりの木の枝が、
風にあおられて、壁にあたって、
ダン! ダン!と大きな音をたてました。

もう、そこまで近くなった、
はげしい雷の音が、家をゆるがします。

おびえきったノリコは、
ベットの毛布にもぐりこんで、
カラダを丸くして、両手で耳をふさぎました。

ひとりぼっちのノリコは、
誰も守ってくれる人がいなくて、
心細くてたまらなくて、ふるえていました。



そのときです。
ノリコは一瞬、何かの気配を感じました。

自分のまわりに、
誰かがいるような気がしてなりません。

幼いころ、なぐさめてくれた、
ケンジのやさしい笑顔が、
ノリコの頭のなかに、浮かんでは消えました。

「ケンジなの?……」

思わず毛布から出た、ノリコの耳には、
今は不思議なことに、
風や雨や雷の音は、まったく聞こえませんでした。

木の枝が壁をたたく音が、
小さくて穏やかに聞こえています。

まるで、とつぜん時が止まったかのような
……別の世界に来たみたいでした。



ノリコは、どうしてもケンジが
近くにいるような気がしてなりません。

それから思いつくと、
ノリコはまわりに、こう語りかけました。

「ケンジ……〝はい〟なら、2回、
〝いいえ〟なら、3回、合図をして」

それから、少しの間のあとで。

風に吹かれた木の枝が、
壁を2回、コン! コン! と、ノックしました。

たしかにケンジの返事だと、
わかったノリコは喜びました。

「ケンジは、どこか遠いところに行ってしまったの?」

こんどは、
壁が3回続けてノックされます。

「じゃあ、いつも私と、いっしょにいるの!」

それにも答えるように、
壁が2回ノックされました……。





ノリコは翌朝、
ひさしぶりに家の外に出ました。

大泣きした
あの夜から今日まで、
ノリコは自分の部屋に、
ずっと閉じこもっていたのです。

ノリコをむかえてくれた外の世界は、
嵐が過ぎ去って、空は晴れ渡って、
明るい日差しが満ち満ちていました。

ノリコは、どこへ行っても、
まわりに呼びかけました。


「今日は、晴れて良い日!」

   チュン チュン

「ケンジは、また、どこかへ行っちゃうの?」

     ワン ワン ワン

「さっきの、あのおじいさん、親切だったね」

     コツ コツ

「お母さん、今頃、お昼ごはんの準備してる」

     ビュウ ビュウ

「お母さん、いきなり家から出て、怒ってるかな」

     カン カン カン

「出かけたのなら、買い物を頼まれてきたら、よかった」

     ニャア ニャア

「ねぇ、これから私、元気でいられるかな」

     チャリン チャリン



それからは、
どこに行っても、どんなときでも、
ノリコが語りかけると、早くても遅くても、
かならず何かが応えてくれました……


     バシャ バシャ バシャ、ボタ ボタ、

     ブゥーン ブゥーン、

     トン トン、カア カア カア、

     ゲコ、ゲコ、 

     パチ パチ パチ、カタ カタ、 

     ガチャ ガチャ……


ノリコのまわりの世界は、
どこへ行っても、返事をする
音や鳴き声であふれていました。

ケンジが、ノリコをつつんでいる世界と、
ひとつになったかのようでした……。






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無断転載 転用 二次使用等は、堅くお断りします。

※ このストーリーはフィクションであり、
実在の人物・団体等とは一切関係ありません。




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