肌と肌の触れ合いについて
握手
河合先生の著作で
肌のふれあいが、心のふれあいを強化してくれるはずである
という一文がある。
以下抜粋
年を取ってくると何気ないことでも、ずいぶんと大きく感じたり、強く感じたりするところがある(もちろん、この逆の場合もあるが)
ただ、目を見合わせたり、お辞儀をするだけよりも、手と手とを握り合うことによって感じることは大きいと思われる
孫が病床のおじいちゃんを見舞いに行き、わかれるとき、単にさようならというのとその時に握手するのでは、ずいぶんと感じが違うのではなかろうか。
旧友とばったり会って、久しぶりだなあというときに、二人が握手するのとしないのとでは、伝わるものが変わってくるのではなかろうか。
・・・・・・・・・・
その肌に触れることによって伝わるものの意義を感じるゆえに、もっと握手をしてもいいのではないか
ここまで
なるほど、、、
これは、どうなんでしょうか。
簡単そうで簡単ではない
というか、
私の場合、犬と触れ合う
以外は
触れ合いたくない
という気持ちがある。
同居人に対して 過去においては
正直いえば、触れ合うことをものすごく望んでいたのだが
もろもろの状況でそれができなくなった。
それはそれで苦しかった
が
いつのまにか、
狭い家の中で時に行き交うときなど
ともすると肩や掌が触れ合うことすら
嫌になった。
なぜなんだろう
カウンセリングで話してみたいことの一つ。
握手
河合先生の著作で
肌のふれあいが、心のふれあいを強化してくれるはずである
という一文がある。
以下抜粋
年を取ってくると何気ないことでも、ずいぶんと大きく感じたり、強く感じたりするところがある(もちろん、この逆の場合もあるが)
ただ、目を見合わせたり、お辞儀をするだけよりも、手と手とを握り合うことによって感じることは大きいと思われる
孫が病床のおじいちゃんを見舞いに行き、わかれるとき、単にさようならというのとその時に握手するのでは、ずいぶんと感じが違うのではなかろうか。
旧友とばったり会って、久しぶりだなあというときに、二人が握手するのとしないのとでは、伝わるものが変わってくるのではなかろうか。
・・・・・・・・・・
その肌に触れることによって伝わるものの意義を感じるゆえに、もっと握手をしてもいいのではないか
ここまで
なるほど、、、
これは、どうなんでしょうか。
簡単そうで簡単ではない
というか、
私の場合、犬と触れ合う
以外は
触れ合いたくない
という気持ちがある。
同居人に対して 過去においては
正直いえば、触れ合うことをものすごく望んでいたのだが
もろもろの状況でそれができなくなった。
それはそれで苦しかった
が
いつのまにか、
狭い家の中で時に行き交うときなど
ともすると肩や掌が触れ合うことすら
嫌になった。
なぜなんだろう
カウンセリングで話してみたいことの一つ。