感謝、私はこの文字がきらい。
メールを”感謝”でしめる人がいるが、どこか宗教的ですきでない。
でも、年をとればとるほど、やはり感謝である。
この言葉しかないのでしょうがない。
愛してるとか、もそうだが、すごく伝えたいとか、あふれる思いというのは、
あてはめられる言葉が、妙にぴたりとこず、あわずもどかしい。
乳がんになって、抗がん剤の途中から体力がおちてきて、歩くのも大変だった。
旦那が出張でほぼ留守だったので、一人で運動のため歩く道は、やはり寂しい。
旦那が帰国して二人で散歩にでれば、いつもの調子で旦那がいつもの距離を歩こうとする時も、寂しいが。
一人で歩き、もう歩けない今日はここまでと、
一息つくとき、亡くなった父のことがうかんだ。
私の父は晩年、脊髄の損傷で歩けなくなり、車いすになり、
生活全般も人の手が必要となった。
そこまでの父の人生は順風満帆で、背も高く見た目もよく、プライドも高く年をとっても向上心のかたまりの父には、
本当につらい十年だったと思う。
それまでの父の人生は、がんばれば道はひらけるだった。
そこまでの人生にも理不尽は山ほどあっただろうが、
晩年に、がんばっても越えられない理不尽に見舞われた。
その父を思い出すと、まだ歩ける、これからさらに歩ける、そう思うだけで、
抗がん剤でツルツル頭、顔はむくみ、いつもの道もわずかしか歩けなかったが、感謝だった。
父のことであるが、父は最後まで、あかるかったとか全然なかった。
人生がんばれば超えられたくせなのか、ともかく、苦しそうだった。
つらいことがあれば、逃げるやめるが常習だった私には、
そのとき逃げ慣れも悪いものではないと、
申し訳ないが思う、娘だった。
話はまた変わるが、海外勤務をする人ほど、
このがんばっても越えられない、を身につけないとやっていけないのではと思う。
がんばっても、越えられないことがある、その時は、にげる、ひらきなおる。
悪いという言葉があるが、逃げる開き直るは、
悪ではない。
感謝に戻す。
がんばっても越えられないことがあるとき、自分を振り返ると、ありがたいと思うことを探せば結構ある。
いい親のもとに生まれた、国の理不尽もない安全な場所に生きられていること、
のろければ、今の旦那に会えたことは奇跡である。
探せば、こんな飛び切りでない私だが、55年、沢山の幸運の道のりだったと気づいた時、
自分は恵まれているのだから、少しビターなことがあるのは仕方ないかと、思えてくる。
最近は、すっかりもとの自分にもどった。
そんな時は、あの、息切れして立ちどまった道の角を思いだす。
ipadで懸命に、再生治療の道をさがしてた、ベッドの父を思い出す。
55才なのでここまでこれただけでもありがたい。
感謝という言葉は好きでないが、
やはり、感謝、ありがたい、と年をとるほどこの言葉がうかんでくる。
まだメールやブログの終わりを、感謝でしめようとは思わないが。