夕日に照らされた梅田のビル群を見ながら、和歌山産うめ酢の炭酸割り(ハチミツ入り)を飲み、熟れに熟れたプラムを果汁をしたらせながらかじる。会社の窓から30分ぐらい外の景色を見ながら、案外ボーっとできるものだな、と。
そう、最近は忙しくて、いつも考え事をしてた。あんまりボーっとしてなかった、と気づいた。夕日やうめ酢や炭酸やプラムのようなものが、私には必要だ。みんなもそうでしょ?
coco
相模原で大きな殺傷事件があった。
最初は信じられず、うまくのみ込めなかった。いやその闇が今もよくわからない。どこか傷つけらたようなぼんやりとした痛みを、日中 ずっと抱えているよう。
そんな時、毎日新聞に「不要な命などない」とはっきり書いてあったのを読み、救われた気持ちになった。
なぜこの事件が起こったか、予防策があったとすれば何なのか。解明し、今後に生かさねばならない。彼のような危険な考え方をもち、それを実行しそうな人物が身近にいたとしたら、は誰もが考えなければならない問題だ。
でも、あまりにも暗闇過ぎて取り込まれそうになったら、一時メディアからそっと距離をおくのも方法だと思う。そしてそんな時は、身近な人にちょっと親切にしたり、声をかけたり、一緒にいるようにしよう。そうしよう。
coco
最初は信じられず、うまくのみ込めなかった。いやその闇が今もよくわからない。どこか傷つけらたようなぼんやりとした痛みを、日中 ずっと抱えているよう。
そんな時、毎日新聞に「不要な命などない」とはっきり書いてあったのを読み、救われた気持ちになった。
なぜこの事件が起こったか、予防策があったとすれば何なのか。解明し、今後に生かさねばならない。彼のような危険な考え方をもち、それを実行しそうな人物が身近にいたとしたら、は誰もが考えなければならない問題だ。
でも、あまりにも暗闇過ぎて取り込まれそうになったら、一時メディアからそっと距離をおくのも方法だと思う。そしてそんな時は、身近な人にちょっと親切にしたり、声をかけたり、一緒にいるようにしよう。そうしよう。
coco
姪の次女のキャラがおもしろい。
感情の起伏が激しく、自分はこうしたい!が強い。足は速いが、勉強は苦手。負けん気が強い(多分負けん気だけで勉強している)。工作が上手で、フラなどの踊りもうまい。
魅力が炸裂するのは、物事がうまくいった時のドヤ顔。あんなドヤ顔を見せる小学生はなかなかいないのでは、というぐらいピカ~ッと光る。漫画みたいに、顔の横に「ドヤ~ッ」という文字さえ見える。
過去には「お父さんは忙しいし、お母さんは怒ってばっかりだし、もうじぃじのとこに行く!」と3、4歳の幼児にしてじぃじの家に家出を試みたり、私の誕生日に歌ったハッピーバースディソングが興にのり、横からろうそくをめっちゃ勢いよくフ~ッとしてしまったり、とにかく逸話には事欠かない。
父もそのことに気づいていて、「山陰でキタロウの顔ハメを撮る時、3兄弟で1人だけ片目で撮っていた」と感心した後で、「姪と出合う人が魅力をわかり、伸ばしてくれればいいのだが」と世間との衝突をやや気にしていた。
この間は、私と妹の旦那がベランダで辛気臭い大人の話をしている最中に、絶妙のタイミングで「何?なに?ナニ~?」とやってきた。そう、彼女には空気を全く読まない突き抜けた明るさがある。そして、それは想像だにしないタイミングだから、たとえみけんにしわを寄せていても一気に場が和む。
編集は、空気をよむ仕事だ。クライアント、取材先、カメラマン、デザイナー、上司。同僚でさえも空気をよみ合う。まるでそれが当たり前の思考回路のように、よんでよんでよんで、先回りする。まさに以心伝心が根底にある職業(もちろん新しい発想に出合うことも多いが、おうおうにしてと)。だからこそ私には、空気をよまず、ごちゃごちゃした思惑をすっとばして「そうくるか!」を連発する次女が心地いいのだろう。そう、人は誰だって予期せぬものが楽しいのだ。
coco
感情の起伏が激しく、自分はこうしたい!が強い。足は速いが、勉強は苦手。負けん気が強い(多分負けん気だけで勉強している)。工作が上手で、フラなどの踊りもうまい。
魅力が炸裂するのは、物事がうまくいった時のドヤ顔。あんなドヤ顔を見せる小学生はなかなかいないのでは、というぐらいピカ~ッと光る。漫画みたいに、顔の横に「ドヤ~ッ」という文字さえ見える。
過去には「お父さんは忙しいし、お母さんは怒ってばっかりだし、もうじぃじのとこに行く!」と3、4歳の幼児にしてじぃじの家に家出を試みたり、私の誕生日に歌ったハッピーバースディソングが興にのり、横からろうそくをめっちゃ勢いよくフ~ッとしてしまったり、とにかく逸話には事欠かない。
父もそのことに気づいていて、「山陰でキタロウの顔ハメを撮る時、3兄弟で1人だけ片目で撮っていた」と感心した後で、「姪と出合う人が魅力をわかり、伸ばしてくれればいいのだが」と世間との衝突をやや気にしていた。
この間は、私と妹の旦那がベランダで辛気臭い大人の話をしている最中に、絶妙のタイミングで「何?なに?ナニ~?」とやってきた。そう、彼女には空気を全く読まない突き抜けた明るさがある。そして、それは想像だにしないタイミングだから、たとえみけんにしわを寄せていても一気に場が和む。
編集は、空気をよむ仕事だ。クライアント、取材先、カメラマン、デザイナー、上司。同僚でさえも空気をよみ合う。まるでそれが当たり前の思考回路のように、よんでよんでよんで、先回りする。まさに以心伝心が根底にある職業(もちろん新しい発想に出合うことも多いが、おうおうにしてと)。だからこそ私には、空気をよまず、ごちゃごちゃした思惑をすっとばして「そうくるか!」を連発する次女が心地いいのだろう。そう、人は誰だって予期せぬものが楽しいのだ。
coco
昨日、クライアントにいやなことをたっぷり言われ、心がたっぷり落ちた。
まるでテントの折りたたみ棒のように心はポッキポキに折れまくり、うっすらとくぐもったグレーが常に胸のあたりを覆う。気分転換に夕方社外に出て歩いても、何だか自分だけ体の3割がアスファルトに埋まっているよう。
そこまで言うこと?なぜそんなヒドイ言い方を?と最初は頭の中がぐるぐるしていたが、やがてダメだ、もうやめよう。同じ戦いステージから、リングから私は降りよう、と。
不毛な言い争いメール(最低だ)をやめ、解決策だけシンプルに書いてメールを送る。
そうだ、彼女はきっと心の余裕、よしもとばななさんが書かれていた「心のオレンジジュース」がなくなっているんだわ。そして、私も人にそういうもの言いをしないように気をつけなくちゃ。そうそう、編集は仕事柄、すぐジャッジしちゃうから。と、夜はトロピカ―ナの100%オレンジをチビチビ飲みながら帰ったのでした。
coco
まるでテントの折りたたみ棒のように心はポッキポキに折れまくり、うっすらとくぐもったグレーが常に胸のあたりを覆う。気分転換に夕方社外に出て歩いても、何だか自分だけ体の3割がアスファルトに埋まっているよう。
そこまで言うこと?なぜそんなヒドイ言い方を?と最初は頭の中がぐるぐるしていたが、やがてダメだ、もうやめよう。同じ戦いステージから、リングから私は降りよう、と。
不毛な言い争いメール(最低だ)をやめ、解決策だけシンプルに書いてメールを送る。
そうだ、彼女はきっと心の余裕、よしもとばななさんが書かれていた「心のオレンジジュース」がなくなっているんだわ。そして、私も人にそういうもの言いをしないように気をつけなくちゃ。そうそう、編集は仕事柄、すぐジャッジしちゃうから。と、夜はトロピカ―ナの100%オレンジをチビチビ飲みながら帰ったのでした。
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丁度帰省した際に兄の家に行くことになったので、布団や枕や座布団やクッションなど、とにかく干せるものはすべて干しまくり、シーツや毛布、コレ洗ってんのと「?」が付く不審物など、とにかく洗えるもはすべてを洗いまくった。
するとこの暑さ、一日で乾燥も殺菌もカンペキ!
ただげんなりと元気なく過ごすのではなく、こうなったら、この熱量を利用しない手はない、と改めて気付いた次第。いつもより洗濯をマメにし、朝や夜の過ごしやすい時間を楽しもう。朝はちょっと早起き、夜は風にあたりながらハーブの利いたお酒を楽しむい…まずはそんなところから。他にも何があるか、考えてみよっと。
coco
するとこの暑さ、一日で乾燥も殺菌もカンペキ!
ただげんなりと元気なく過ごすのではなく、こうなったら、この熱量を利用しない手はない、と改めて気付いた次第。いつもより洗濯をマメにし、朝や夜の過ごしやすい時間を楽しもう。朝はちょっと早起き、夜は風にあたりながらハーブの利いたお酒を楽しむい…まずはそんなところから。他にも何があるか、考えてみよっと。
coco
夜に母とココは漁港?というぐらい、イカをさばいてさばいてさばきまくった。兄が日本海でイカを釣ってきたのだ。
美しいほどの白さで、身(筋肉?)がむっちり詰まっていて、骨はどこまでも透明だ。冷蔵されているのに足の吸盤でむにゅっとこちらを掴もうとする。目はギョロッと大きく、わしさっきまで海の中におったけん、というたたずまいで、そこかしこに生命力があふれている。
最初はおそる、おそる。しかし次第に興にのり、母をまるで同じ魚場で働く同士のように、軽口をたたきつつも無心に手を動かす。
そう、普段魚や肉は特に、誰かがさばき時には調理してくれたものを食べている。私は「加工時代」にみっちり浸かって生きている。でも突然訪れた「さばき」機会で、自分の中の野生が確実にちょっとよみがえった。ん?…これは苦行じゃない…なんだか楽しい!うぅ~楽しくなってきた!
もちろんトロッとした甘さと、むちっとした弾力を合わせもつイカの刺身に、キリッと冷えた白ワインを合わせる夕餉が最高なのは言うまでもない。が、それとは別にさばく機会あらば、時々さばこう!と思ったのでした。
coco
美しいほどの白さで、身(筋肉?)がむっちり詰まっていて、骨はどこまでも透明だ。冷蔵されているのに足の吸盤でむにゅっとこちらを掴もうとする。目はギョロッと大きく、わしさっきまで海の中におったけん、というたたずまいで、そこかしこに生命力があふれている。
最初はおそる、おそる。しかし次第に興にのり、母をまるで同じ魚場で働く同士のように、軽口をたたきつつも無心に手を動かす。
そう、普段魚や肉は特に、誰かがさばき時には調理してくれたものを食べている。私は「加工時代」にみっちり浸かって生きている。でも突然訪れた「さばき」機会で、自分の中の野生が確実にちょっとよみがえった。ん?…これは苦行じゃない…なんだか楽しい!うぅ~楽しくなってきた!
もちろんトロッとした甘さと、むちっとした弾力を合わせもつイカの刺身に、キリッと冷えた白ワインを合わせる夕餉が最高なのは言うまでもない。が、それとは別にさばく機会あらば、時々さばこう!と思ったのでした。
coco
高知に生まれ、10代の後半に家族とともにブラジルに移民。農園を営み、生涯をブラジルで過ごした日本人男性の写真展『大原治雄写真展~ブラジルの光、家族の風景~』を見た。
畑がそのまま地平線という、日本では北海道以外なかなかお目にかかれない広大な農園が印象的。全体的に、まるで山陰の写真家・植田正治氏を思わせるような、品とスタイリッシュさがある。ジャングルを最初に農地へと切り開いた開拓民のツラさや、戦中、日本とは敵国になってしまったブラジルで過ごすツラさが一切ない(戦時中は学校で日本語禁止。そして、せっかく切り開いた農地は後に飛行場になってしまう!)。経歴を見れば見るほど、その悲壮感のなさに逆に驚いてしまう。
広い空に並行しどこまでも伸びる畑の地平線、農地に青々と実り広がる作物、異国でにこやかに生きる家族や地元の人たちの憩いの姿。それらが作者のセンスと遊び心で切り取られたモノクロームの世界からは、移民たちの穏やかで力強いストーリーが溢れ出ている。
結局、彼は日本に帰ることはなかった。でも、それをあまり悔いていないような、心のよりどころはこの大地だ と写真が語っている気がする。彼が生きて写真と共に帰国できたら、というおセンチな感情は見る側の勝手な気持ちで、きっと彼は天国からこの“写真帰国”を面白がっているに違いない。
伊丹市美術館で2016年7月18日まで
http://artmuseum-itami.jp/jp/category/current_exhibition/
coco
畑がそのまま地平線という、日本では北海道以外なかなかお目にかかれない広大な農園が印象的。全体的に、まるで山陰の写真家・植田正治氏を思わせるような、品とスタイリッシュさがある。ジャングルを最初に農地へと切り開いた開拓民のツラさや、戦中、日本とは敵国になってしまったブラジルで過ごすツラさが一切ない(戦時中は学校で日本語禁止。そして、せっかく切り開いた農地は後に飛行場になってしまう!)。経歴を見れば見るほど、その悲壮感のなさに逆に驚いてしまう。
広い空に並行しどこまでも伸びる畑の地平線、農地に青々と実り広がる作物、異国でにこやかに生きる家族や地元の人たちの憩いの姿。それらが作者のセンスと遊び心で切り取られたモノクロームの世界からは、移民たちの穏やかで力強いストーリーが溢れ出ている。
結局、彼は日本に帰ることはなかった。でも、それをあまり悔いていないような、心のよりどころはこの大地だ と写真が語っている気がする。彼が生きて写真と共に帰国できたら、というおセンチな感情は見る側の勝手な気持ちで、きっと彼は天国からこの“写真帰国”を面白がっているに違いない。
伊丹市美術館で2016年7月18日まで
http://artmuseum-itami.jp/jp/category/current_exhibition/
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私にとって読書とは、まったり読むというより、面白くて仕方がない、読むのが止まらないもの。いつもカバンに入れて、電車の中でもプラットホームでもカフェでも人との待ち合わせでも、ちょっとの時間でもページを開きたくなるもの。寝るのが惜しくて読んでるうちに寝てしまようなもの。
今、その本は『ガケ書房の頃』。有名書店の店主である筆者は「成功術は時代によって変わるが、失敗には普遍性があると編集者に言われ、暗過ぎ?大丈夫かなと心配しながら書いた。赤裸々な本です」と言われていたが、いやいやいやいや。セキララがキラキラしてて、読むのが止まらない。私にとっては、本屋さんになるためのハウツー本でもなく、もちろん失敗を赤裸々に語った本でもなく、気心が知れた面白い人の話を居酒屋で聞き入っているような感じ(だから、家や店だど100%呑みながら読む)。著者の10分1ぐらいしか実行力のない私でも、思わず身近に感じてしまい、人間の心のなかや外のアレコレをのぞき知ることで、本当の本当の本当に生きてるってこういうことなんだ、と改めて思わされる。あ~、あの場所がなくならなくて本当によかった!これからも本を買おう!
夏に読みたい、大人の青春記です。
http://hohohoza.com/news/953
coco
今、その本は『ガケ書房の頃』。有名書店の店主である筆者は「成功術は時代によって変わるが、失敗には普遍性があると編集者に言われ、暗過ぎ?大丈夫かなと心配しながら書いた。赤裸々な本です」と言われていたが、いやいやいやいや。セキララがキラキラしてて、読むのが止まらない。私にとっては、本屋さんになるためのハウツー本でもなく、もちろん失敗を赤裸々に語った本でもなく、気心が知れた面白い人の話を居酒屋で聞き入っているような感じ(だから、家や店だど100%呑みながら読む)。著者の10分1ぐらいしか実行力のない私でも、思わず身近に感じてしまい、人間の心のなかや外のアレコレをのぞき知ることで、本当の本当の本当に生きてるってこういうことなんだ、と改めて思わされる。あ~、あの場所がなくならなくて本当によかった!これからも本を買おう!
夏に読みたい、大人の青春記です。
http://hohohoza.com/news/953
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Kちゃんの店が閉店した。5人も座ればいっぱいの、カウンターだけの小さな食堂。8年ぐらい通った。メニューは、きざみそば、揚げ入りカレーうどん、和風ラ―メンが私の御三家。納豆を頼むとちゃんと玉子とネギを入れてくれ、そうそう白身を捨てずに味噌汁に入れて~っと毎回カウンターで叫ぶのもお約束だった(だってすぐ白身をドロッと流しにサヨナラするから)。冬はカウンターをのぞくと、大きな鍋に野菜たっぷりのかす汁。ご飯、納豆、かす汁のマイセットもよく食べた。汁がいつもアツアツなのがうれしかった。体が弱っていて寒い時は、ショウガだけのシンプルなあんかけうどん。熱いものがノドや胃を一気に温めるのが気持ちよかった。ダラダラ流れる汗で、何だかしてやった的な、いい気持ちになったものだ。
そして、Kちゃんは太陽のような笑顔の持ち主だった。上司に怒られた日も、同僚にイジワルなことを言われた日も、やってもやっても終わらない仕事に途方に暮れた日も、クライアントにダメ出しされた日も、仲の良かった同僚達が辞め、心もとなくなった日も。どんな日だって、Kちゃんの店に向かう途中には、あのひまわりのような笑顔を思い浮かべていた。今日は、今日こそ、あの笑顔を見ておこう、見たい、と。そして、カウンターで軽口をたたき、笑い合い、汁物で胃を温めた。私は帰り道では、すっかりご機嫌さんになっていた。
人生にはいろんなことが降り掛かる。Kちゃんは旦那さんの病気や自身の老い、別の事情で常連客が私以外ほぼいなくなったことで、一気に元気がなくなった。そして、あっさり閉店した。
最後の日、同僚も2人来てくれ、初めてあの店で夜に飲んだ。Kちゃんは最後の客のために焼酎を買って、ちらしずしを作ってくれていた。夜メニューだったのか、濃いだしがたっぷりかかる玉子焼きを初めて食べた。10代で宮崎から出てきて、いくつかの食堂で働き、自分の店を持って47年。本当の本当は、まだまだ人にご飯を作ってあげたかったみたいだった。ごめん、力になろうとしたけど、なれなくて。私の仕事は編集で、グルメページもよく担当する。「おいしい」「おいしくない」にとても忠実で、あまりにまずいと先方に謝って掲載をとりやめたこともある。でも、当たり前だけど、店は味だけじゃない。私は化学調味料をたっぷり使ったKちゃんの料理に、本当に癒されていたのだから。最後の和やかな宴を、Kちゃんは覚えててくれるだろうか。楽しい思い出として、時折思い出してくれるだろうか。
coco
そして、Kちゃんは太陽のような笑顔の持ち主だった。上司に怒られた日も、同僚にイジワルなことを言われた日も、やってもやっても終わらない仕事に途方に暮れた日も、クライアントにダメ出しされた日も、仲の良かった同僚達が辞め、心もとなくなった日も。どんな日だって、Kちゃんの店に向かう途中には、あのひまわりのような笑顔を思い浮かべていた。今日は、今日こそ、あの笑顔を見ておこう、見たい、と。そして、カウンターで軽口をたたき、笑い合い、汁物で胃を温めた。私は帰り道では、すっかりご機嫌さんになっていた。
人生にはいろんなことが降り掛かる。Kちゃんは旦那さんの病気や自身の老い、別の事情で常連客が私以外ほぼいなくなったことで、一気に元気がなくなった。そして、あっさり閉店した。
最後の日、同僚も2人来てくれ、初めてあの店で夜に飲んだ。Kちゃんは最後の客のために焼酎を買って、ちらしずしを作ってくれていた。夜メニューだったのか、濃いだしがたっぷりかかる玉子焼きを初めて食べた。10代で宮崎から出てきて、いくつかの食堂で働き、自分の店を持って47年。本当の本当は、まだまだ人にご飯を作ってあげたかったみたいだった。ごめん、力になろうとしたけど、なれなくて。私の仕事は編集で、グルメページもよく担当する。「おいしい」「おいしくない」にとても忠実で、あまりにまずいと先方に謝って掲載をとりやめたこともある。でも、当たり前だけど、店は味だけじゃない。私は化学調味料をたっぷり使ったKちゃんの料理に、本当に癒されていたのだから。最後の和やかな宴を、Kちゃんは覚えててくれるだろうか。楽しい思い出として、時折思い出してくれるだろうか。
coco
妹から借りて読んだ漫画。読み進めると、最初は現代病の現代病に次ぐ現代病で、本当に暗い気持ちになる。キレイで清潔でスマートでデザイン的で、心は堅く閉じられ、中身は深く病んでいる。生きているのが何だかシンドソウなのだ。
正直、あ~もっとスカッとしたもの読みたいな~と思った。娯楽なんだし。ところが関西人家族の家に居候する途中から、何だか面白くなってくる。話の進行とは別に、他愛ない関西人のあるある的な日常会話が満載で、それが鼻歌みたいに心地よいのだ。そう、気心がしれてくると、こうやってみんな自分の思いついた意味のあることないことをすぐしゃべってるよな、聞いても聞いていなくても、どっちでもよくて、ただ温かな熱がそこにある感じ。
そして、私にはクライマックス前の、子どもとの電話シーンが最高だった。チ―パッパのところ。今、思い出すだけでも泣けてくる。
パパの愛人のタイプがやや時代錯誤で、東京人と関西人を極端に書き過ぎ気もするが、展開が押しつけがましくないので、それほど気にならない。どんなに大人びても子どもは子ども、おじさんやおばさん、学校の先生たちが皆落ち着いて、少女の内面を見守っている感じも良かった。1本の太い鉛筆で、人の感情やその場の空気を的確に想像させ、1人の人間の内面を描ききった力作だ。
coco
正直、あ~もっとスカッとしたもの読みたいな~と思った。娯楽なんだし。ところが関西人家族の家に居候する途中から、何だか面白くなってくる。話の進行とは別に、他愛ない関西人のあるある的な日常会話が満載で、それが鼻歌みたいに心地よいのだ。そう、気心がしれてくると、こうやってみんな自分の思いついた意味のあることないことをすぐしゃべってるよな、聞いても聞いていなくても、どっちでもよくて、ただ温かな熱がそこにある感じ。
そして、私にはクライマックス前の、子どもとの電話シーンが最高だった。チ―パッパのところ。今、思い出すだけでも泣けてくる。
パパの愛人のタイプがやや時代錯誤で、東京人と関西人を極端に書き過ぎ気もするが、展開が押しつけがましくないので、それほど気にならない。どんなに大人びても子どもは子ども、おじさんやおばさん、学校の先生たちが皆落ち着いて、少女の内面を見守っている感じも良かった。1本の太い鉛筆で、人の感情やその場の空気を的確に想像させ、1人の人間の内面を描ききった力作だ。
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