スティーブンが息子をスポーツへ連れて行き、今日はその後二人で映画も見てくるそう。いいねいいね。

 

 

先週末、久しぶりに娘に会えた。

 

誕生日だった息子のために、友人家族がバーベキューパーティを開いてくれたんだけど、そこに娘がサプライズで来てくれた。姉大好きな息子はびっくり。最初はどことなくよそよそしい雰囲気だったけれど、すぐにくだらないことで大笑いしたり、お互いをからかい合ったり(これも愛情表現)、姉が弟を「ちょっとあんた!」と追いかけるという懐かしい光景が戻ってきて、なんか私も嬉しくなった。

 

娘。新しい世界に飛び込んで、一回り成長した気がする。最初のすべてが珍しくてワクワク続きだったハネムーン期は終わり、いわゆる5月病的な気持ちも経験しながら(ときどき連絡をくれるときにそれが伝わってきた)、それでも前を向いてがんばっていると思う。元気でいてねと願いながら、私も元気で学費を稼ぐ。これしかできないけれど、それができていること自体がいつも奇跡だなと思う。

 

好きなアインシュタインの名言に、
“There are only two ways to live your life. One is as though nothing is a miracle. The other is as though everything is a miracle.”
というのがあるけれど、本当にそうだなと思う。

 

ハロウィンの日は、息子は友だちの家にお泊まり。どんどん離れていくなあ。でも、まだまだ目を離しちゃいけない年齢だと思うので、お世話になるお家との連絡は密にするのは大事。私がやると嫌がるのでスティーブンにお願いしてる。

 

どれだけ成長しても、やっぱり子どものことは一番気になるし、心配でもある。良くも悪くも、それが親になるということなんだろうな。でも、心の中ではそう思っていても、それを口に出さないというのが、子離れの一歩なのかもしれないな。難しいけど。

 

そして昨日、倉庫になりかけていた部屋のものを、家の中でパズルのように動かして、自分の部屋となる空間を確保する作業が終了。ここをどんな場所にしていこうかとワクワク。

 

ドジャース、優勝しましたね。
口数の少ない兄とテキストを送り合ったり、日頃あまり接点のない同僚たちとも、ドジャースの話題で会話が生まれたり。がんばっているドジャースのおかげで、こんなつながりができたことも嬉しい。

 

あとそれから、チェンソーマン「レゼ編」の映画も見に行った。R指定の映画なので、「一緒に来て」と息子にお願いされて。実は私も見たかったから快諾。

チェンソーマンのキャラクターたちって、どのキャラも思春期のハート(反骨精神?「中二病」ともいうかもしれない)を刺激するかっこよさがある。それが人気の理由の一つなんだろうなあ。

息子は、母親と一緒でちょっと萎えたんじゃないかなという気がしていたんだけど、私と一緒にチェンソーマンを見に行ったことをストーリーに載せていて、ものすごくびっくりした。「ママと一緒にチェンソーマン」は、彼にとってオッケーなコンテンツだったのか!?それとも、「映え」からは180度真逆のダサさが、かえってクールだったのか!?

思春期の男子、考えていることが本当によくわからない。