子供達の学校が4月まで閉鎖となり、学校が大好きな息子は「悲しい」と言いながらも、自分の好きなレゴ遊びやゲームをしたり、漫画を好きなだけ読める状況にまんざらでもなさそう。エナジーボールの彼が体力を持て余しているのは明らかだけど。
中学生の娘は、「なんかこういうのワクワクするんだよね。学校が休みになるから周りも喜んでる子が多いよ」と。これも、世界は自分を中心に回っていると思っている、脳内お花畑の思春期の子供の反応あるあるなんだろう。
子供達には、欲しがるものを全て買い与えたり、お金をかければできる経験をたくさんさせてあげたり、という甘やかしはしてこなかった(できないし)けれど、彼らが核家族というシャボン玉のなかでぬくぬくと育っていることに間違いはない。アル中の親がいるとか、常に両親が言い合いをしているとか、壮絶な嫁姑バドルがあるとかもなく、生活に困るほど貧しいということもない。
悲しいことも、心配や不安もそりゃ色々あるけれど、それが生きるっていうこだと受け止めて、じゃあなどうすればいいのか…っていうこを考えて行動できるようになることが、学ぶということだし、本当の意味で大人になることだと思う。
だから、まだこれといった苦労もしていない子供が、世界規模でこんなに怖いことが起こっていているのに、それを自分の問題として受け止めることができないのは当然だろうし、彼らがそういう風に考えるような子育てができていたことは、世界レベルで、そして多面的に物事を見ると「奇跡なんだよ」っていうことを忘れちゃいけないな、としみじみ思っています。
昨日は大人として、親として、大きく反省することがあった。
1日外出していなかったので、健康のためにも、と思い、晩御飯を食べてから
「家族でちょっと散歩に行こうか」
ということになった。
とにかく個人が出来る限り外出を控えることが、このパンデミックを終息させる最良の方法、ということはなんとなくわかっていたけれど、家族でちょこっと散歩をする分には問題ないでしょう、と思ったのです。私達が住む家はショッピングセンターまで徒歩で行ける距離。外に出たら何となく勢いがついてしまい、私が
「ショッピングセンターがどんな感じになっているか、ちょっこっと見に行ってみようか」
と提案。子供達は「行く行く!」となったけれど、スティーブンはちょっと浮かない表情。
「スーパーの中に入ったりはしないから。ちょっと歩くだけだよ。」
と、ただの愚かな好奇心のかたまりに成り下がってしまった私に説得されて、ショッピングセンターまで行ってみることに。こんな時だし、どれだけガラガラになってしまっているんだろう。ビジネスオーナーたちも大変だよな、と思いながら。
ところがそこで見た光景は、目を疑うものでした。
そのショッピングセンターには、カリフォルニアピザキッチンや、トレーダージョーズ、パネラブレッドや、Chipotleなどの大手のチェーンが入っているのですが、どこもそれなりに人でにぎわっていて、パティオ席で楽しそうにお酒を飲んでいる人達もいました。そしてもっと目を疑ったのが、そこにはお年寄りもけっこういたし、ベビーカーには赤ちゃんも。
それを見てさすがの私もショックを受け、スティーブンも「これは本当にまずいだろう…」と青い顔。
トイレットぺーパーを買い占める行動と、「social distancingをするように」と専門家がどれだけ声をあげても、こうやって楽しそうに外食を続けている人達の行動。これらをやっている人が同じだったら、と思うと人間の愚かさ嘆かずにはいられなかったです。
もちろんこうしてノコノコと好奇心に負けてこういう場所に家族を連れてきてしまった自分の愚かさも。
あの人達は、どういう気持ちでああやって楽しそうに、友達や家族、大切な人達と外食してるんだろう。消費活動を止めたらいけないからっていう理由で自分達の行動を正当化しているんだろうか。
このパンデミックの影響で引き起こされる経済的打撃は、相当なものだと言われているけれど、自分だけはコロナにはかからない。かかっても元気だから大丈夫、と信じ切っているお気楽な人達がこうして外に出ることで、リスクにさらされている人達の命がどれだけ犠牲になるか。しかも、三人に一人が健康保険がない(または実際には何の役にも立たない健康保険しかもっていない)と言われるこのアメリカで。
こんな状況であっても、みんなが食べるものがなくて困らないように、生活必需品の流通がストップしないように、学校へ行けなくなった自分の子供を家に置いてでも、工場で働き続けている人達、スーパーで働き続ける人達、トラックを運転し続ける人達、病院で最前線で働いている人達、ゴミを収集している人達、水道局で働いている人達が本当にたくさんいる。
その人達がウイルスに感染して仕事ができなくなったら、世の中は止まってしまうのに。そして今の状態の比ではないほどのパニックになるのに。
今、外に出る必要がないという贅沢が許されているのであれば、それをきっちり守ることが、そいういう特権を与えられている人(Privileged)にできる数少ない、でも大変重要なことだというのはいう間でもない。
それを自分の子供達にもしっかりと分からせることのできる大人じゃないといけなかった。反省する。「子供達も退屈だよね」と、プレイデートのお誘いも来ていたけれど、それもお断りします。
おそらくしばらくは自宅監禁のような生活が続くと思うけれど、それがどれだけありがたいことなのか、っていうことを肝に銘じて、日々を過ごしたいと思います。