今日は毎年ある生徒の発表会でした。

普段歌の伴奏をしている方と合同の発表会です。

合同とはいえ、私のピアノの生徒は2人参加。

私は、歌を発表する出演者全ての伴奏をしました。約20曲位。

幼稚園児から大人の方まで。

今回初めて挑戦する出演者もいて、ドキドキだったと思います。

伴奏合わせは、発表会が近づいてきてから一度のみです。

それまでに、レッスンで歌った録音を貰って、譜面に起こし(声量が弱かったり、伴奏にメロディが欲しかったりするので、出来るだけ簡素な伴奏にしています)、伴奏合わせ1回で発表会本番。

弾いている伴奏は簡素なものですが、いつもの声楽家の伴奏とは一味違うヒヤヒヤを感じたり、配慮が必要だったりします。

出番の都度、譜面台を立てたり倒したり。足台を設置したり外したり。

シミュレーションと楽譜に書き込みもしましたが、目が回りそう(笑)

なんとか、無事滞りなく運べました。

小さい歌手やピアニストは健気で微笑ましく、みんな頑張っていました。

バタバタしながらも、私のピアノの生徒もしっかり見届けました。

なかなかお辞儀の時に、ニッコリ出来ず何度もレッスンやお家で家族と練習しました。(心の中に何を思うとニッコリできるかなーとか話し合いながら)

頑張って、ややニッコリ(笑)

終わった後の満面の笑みが一番でした。

そりゃそうだ。

私だって、多少そのような場は慣れてはいるけれど、全て終わった後のホッとした気持ちはハンパない(笑)

生徒は、しっかり練習の成果を表現できて立派でした。

人前での一発勝負に準備する過程は、この先のいろんな場面で役に立つと思います。自分の力で立つこと。感心しました。

今日は横着して、再び心拍の変化が知りたくて、スマートバンドを装着のまま本番!



150!!(笑)

ドキドキしてたなー(笑)

以前から、Podcastをよく聴いていると書いてますが。

(Spotifyで聴いています)

いくつかフォローをしてお気に入りの番組があります。

 

朝の家事の時、仕事の移動の車中で聴くことが多いです。

目的は、色んな人の色んな考え方を知りたいという好奇心を満たすためです。

 

新しい番組を聴くきっかけは、お気に入りの番組のゲストから、派生していくこともありますし、気になることがある時は、単純に検索ワードを入れて、話題を探して様々な立場の人が、自分の気になるワードについて話すのを聴いています。

あとは、番組フォローをすると、それに関するジャンルや好みを判断しておすすめを表示してくれます。

 

先日、おすすめに挙がってきた番組を聴いてみることにしました。

当たりでした!

(試しに聴いてみて、う~ん、ちょっと違うなという場合も結構あります)

片手間で耳が空いているからと聴き始めたのですが、メモを取りたくて、家事の手を止めるとか(笑)

もしくは、早く家事をやっつけてもう一回巻き戻して聴くとか。

 

ハマったのはこちら↓「考えすぎフラグメンツ」

 

 

語る人が何者だとか、そのような情報なしで聴き始めましたが、#01での自己紹介でへーーなるほどーと。

良く知っている会社でした。「北欧、暮らしの道具店」のクラシコムでした。

クラシコムの青木耕平さんと、もうひと方は知らなかったのですが、多様な分野の編集を手掛ける株式会社ツドイの今井雄紀さんのふたりです。ふたりとも経営者。

 

そして「考えすぎ」という言葉にも反応しました。

いい!とてもいい!好き!

 

前置き長すぎましたが、この番組の#01「令和のマネジメントの最適解って?」で語られた内容の一部。

#01だけでも、どれも興味深い話ばかりでしたが、私が衝撃を受けたことがありました。

その話題は………「ちゃんみな」

「ちゃんみな」です。

彼女について深く知ることを避けて来ました。

名前も知ってたし、知らないうちに曲もネットやTVで耳にしてたし、紅白も見ました。

しかし、あの風貌とパフォーマンスに、自分とは遠い存在で、興味がわかなかったです。

勝手に自分の中で「あっち系」の人ね、と分類していました。

「あっち系」ってなんだ??と自分でもツッコミたくなるところですが。

 

「巨勢を張る」「舐められないようにする」とか、「カッコよさとは」「セクシーとは」とか、「ビッグになる」「成功する」とか、そういったことに対して、「ありのまま」(よくよく考えたら、それも人それぞれ)ではダメなのか、無理してないか?と思っていました。

なので、ちゃんみなプロデュースのオーディション番組「No No Girls」も一切見たことがありませんでした。

 

そんな私に、「ちゃんみな」に興味を持たせたのが、「考えすぎフラグメンツ」#01です。

青木さんと今井さんが、オーディション参加者とちゃんみなのコミュニケーションについて話す内容に、耳が釘付けになりました。#01タイトルにあるように「令和の~」と謳っているあたり、青木さんと今井さんは会社経営と令和世代とのコミュニケーションなどを考える上での「ちゃんみな」を語っていたのですが。

 

私は最近特に、人とのコミュニケーションや、教える側に立った人の在り方について考えたりして、モヤモヤしたりしていました。

考えが、古い新しいという括りではなく、今までこういうものだと当たり前だと思っていたことに対して、それってほんとうかな?と思うことがしばしばありました。

職人や何かのプロフェッショナルを目指すためや、何かを成し遂げるためには、本人の弛まぬ努力と指導者からの叱責にも耐える根性がセットになるもの、と今まで思ってきました。

きついこと、つまり否定的なことを現在の状態の評価として浴びせられる場面は必要不可欠で、それが指導者の熱心さでもあると言われたり、たとえそれが理不尽だと感じる指導であっても、それを従順に受け入れる力が無いとダメだという考え方をベースに、私自身も頑張っていたように思います。

しかし、指導する側になった時に、自分の体に染みついたものがついつい顔を出すのと、頭で「それ、ほんとうかな?」と思う思考が入り交じります。

 

TV番組で昔「ラーメン道」などといった企画で、頑固おやじの店主から、弟子がのれん分けをしてもらうために、罵声を浴びたり、時には一切何も指導されない状況て修行する様子を見て、私は、なんだこれ?(理不尽だ)と思ったり、厳しい世界だなと思ったり、多分誰もがそういった気持ちの動きを感じて、視聴率にも繋がっていたのかもしれません。

最近でも「令和の虎」など。融資を受けたい人がプレゼンをした人に対して「考えが甘い」と必要以上に罵ったり。番組の演出上のこともあるのでしょうが。

 

話は「ちゃんみな」に戻ります。ちゃんみなプロデューサーのオーディション番組も、それ系の番組だと勝手に思っていました。

しかし、#01を聴いて、「ちゃんみな」に興味を持った私は、いくつかオーディション番組の動画を漁りました。

ショート動画でよく取り上げられている2つの動画。(興味なかった私でも目にしたくらい出回っていました)

 

 

 

 

 

 

 

これ以外にも、結構な本数見ました。

指導者の解像度の高さと、けっしてオーディション参加者を貶(けな)さず、ただただ、参加者の持っている才能を開かせ、質を高める為の指導力。

参加者は、甘くはない指導に緊張はしているけれど、決して指導者をおびえてはいない。

そして、怖いからという理由は無しに、自ら得たい能力の為に、努力をし、悩み、緊張する。

これが、「学び」の本当の姿なんじゃないかなと思いました。

上記の「きついこと、つまり否定的なことを現在の状態の評価として浴びせられる場面は必要不可欠で、それが指導者の熱心さでもあると言われたり、たとえそれが理不尽だと感じる指導であっても、それを従順に受け入れる力が無いとダメだという考え方」は一切無くて、きついこと、否定的なことは、配慮を持ってズバリ指摘する。そして、それを改良する手立てを解像度高く身をもって伝えるという「安心」。

きちんと事実と感情を整理していて、番組内では理不尽というものが見当たりませんでした。

 

音楽の傾向として、挑発的だったり、セクシーだったりといった表現に、私の住む世界とのギャップを感じ、一見、遠い世界の興味のない話として避けていたことに大後悔。

 

沢山見た動画の中で、ちゃんみなは、誠心誠意、参加者の人生に向き合い、またプロフェッショナルの世界の厳しさも丁寧にごまかさず、言葉にして解いていました。自分の努力も成功も「自慢」ではなく、経験として語る姿勢にも感銘しました。

 

常々私が思っているのは、働く場や社会、本当に大切なのは「安心」です。

声の大きな者や指導者が、片手に恐怖を掲げながら、目標達成を促したり、追い込んだりするのはもってのほか。

まだ見ぬ、失敗をちらつかせて、罵るなんて意味がない。

どんなに厳しい(質を高めるのが難しい)世界であっても、それを学ぶ時に、人の感情の駆け引きをしてはいけない。

追究したいことを聞ける「安心」、努力してきたことを表現する「安心」、その環境が生む生産物はとてつもなく大きいと思います。

指導者と学ぶ者のような立場でなくても、人が集うコミュニティでは、その「安心」がどれだけ大切か。自分らしさは、その環境でこそ躊躇なく出てくるものだと思います。

 

で、そこで、「考えすぎフラグメンツ」に戻ってきます。

青木さん、今井さんは自分たちの会社でもそれを実現しようと思っています。

経営者としての自らを振り返るために、自己チェックをしている様子もありました。

高い精神性を大切にしている姿勢に、嬉しくなりました。

そういう会社があるんだ。

試行錯誤中、実現の途中であったとしても、そこを「理想だね」で片づけない、向かう姿勢に力をもらった気がします。

 

番組でも言っていた、指導者や会社の上に立つ者に大切なこと。

「枢要徳」

ちゃんみなは、それらを備えているから、すごいんだとも言っています。

「枢要徳」はプラトンが体系化したそうです。

 

枢要徳とは(四枢要徳ともいう)「智・勇・節・義」

 

1.知慮・思慮・知恵…何が正しいかを見極め、善を実行するための知識。

 

2.勇気…困難な恐怖に直面しても、理性に即して善を貫く力。

 

3.節制…快楽や情念を制御し、適切なバランスを保つ自制心。

 

4.正義…神と人にたいして、それぞれにふさわしいものを与える恒常的な意志。

 

憧れたり、心の師匠と思ったり、そういう人は枢要徳を備えている人だと。

そして、好意と敬意の両方を持っているのが「チャーミング」な人であることだと。(これは#02の内容)

 

威厳だけの人には、誰もついてこない。

威厳を盾に闘おうとしている人は、周りの人にその弱さを見抜かれている。

 

これらの話を聴いていて、すごく嬉しかったのは、私の人生で「チャーミング」な人に出会えたこと。

それに気付けるように、「枢要徳」を体系立ててくれたプラトンに感謝。

私が素敵だと思う人たちのチェックに、枢要徳は当てはまりました。

 

あーー新しい世界って食わず嫌いじゃなく、ちょっと興味もってみるもんだな。

青木さん、今井さんありがとう。

 

おまけ

興奮して色々長文になりましたが、ふと疑問が。

そもそも、なんでプラトンは体系化したの?

Chat GPTに訊ねてみました。わかりやすかった!!(笑)

 

プラトンが体系化したといわれている、枢要徳は、そもそもどうして体系化しようとしたのかを、小学生中学年にもわかるように説明してください

(あ、これ、私の知能でわかるレベルで知りたかった(笑)小学高学年でもないんかい!)

 

いい質問ですね。では、小学生にもわかるようにやさしく説明しますね。


むかし、プラトンという人がいました。

プラトンは、
「人がよく生きるって、どういうことだろう?」
と、ずっと考えていた人です。


■ どうして「まとめた」の?

プラトンは気づきました。

人によって「いいこと」の考えがバラバラだと、
けんかや混乱が起きてしまう

たとえば…

  • ある人は「強い人がえらい!」
  • ある人は「お金がある人がえらい!」
  • ある人は「やさしい人がえらい!」

こんなふうにバラバラだと、
「じゃあ何が本当に大事なの?」って迷ってしまいますよね。


■ そこでプラトンは考えた

「みんなが気持ちよく生きるために、
大事なことを整理してみよう!」

そして、
人として大切な力を4つにまとめました。
これが「枢要徳(すうようとく)」です。


■ 4つの大事な力

プラトンはこう考えました:

  1. 知恵(ちえ)
     → よく考えて、正しく判断する力
  2. 勇気(ゆうき)
     → こわくても、正しいことをやる力
  3. 節度(せつど)
     → やりすぎないで、自分をコントロールする力
  4. 正義(せいぎ)
     → みんながうまくいくようにすること

■ まとめると

プラトンが体系化した理由は、

👉
「みんなが迷わず、よく生きられるように、
大事なことをわかりやすく整理したかったから」

です。


■ たとえ話

これはちょうど、

  • 運動がうまくなるコツをまとめる
  • 勉強のやり方を整理する

みたいなものです。

バラバラより、
「これが大事!」とまとまっていた方が
わかりやすいですよね。

 

わかった!チャッピーありがとう!

今日は毎年恒例の地元の芸術文化協会の演奏会でした。



オープニングとして瀧廉太郎の「花」を全員で。



その後、ソロで

日本の歌のコーナーで

木下牧子「ロマンチストの豚」

武満徹「めぐり逢い」

世界の歌のコーナーで

プッチーニ「O mio  babbino 」

の伴奏をしました。


毎年、こそっと本番を聴きに来てくれるTさん(夫)。朝から黙って、洗濯、朝食食器洗いをしてくれて、支えてくれています。感謝、感謝。

その間に、私はせっせと、コンタクトを入れ、ヘアセットとメイク。もうずっと本番しかメイクはしておらず爆笑

準備することで気合いは入ります。


当日午前中にリハーサル。

午後本番。


リハーサルは、なんだかちょっと気持ちと動作が一致せず、あれ?なんだ?と焦りましたが、本番はいつも通りに。


ステージのビアノ、柔らかい音で素敵だったなぁ。でも、振り返ると、その音色生かしきれてなかったかも。

時折勢い余って不用意な音が出てしまう。ついつい鼻息荒い演奏に😅

客観が足りない😅


毎回課題は出てくるものです。


こそっと聴きに来てくれたTさんが動画を撮ってくれたので、ひとり反省会。

歌い手さんの様子は普段ピアノに向かっているので見ることができませんが、動画を見て思ったことは。


今回の曲は、

「ロマンチストの豚」は、お話を聞かせるように。絵本のように様子が目に浮かぶ表現。

「めぐり逢い」力強い人と人との繋がりの表現。

「O mio babbino 」オペラのアリアなので役になりきった演技の表現。

それぞれ違うタイプの訴えかける系の選曲でした。歌い手さんのお客様への積極的アプローチが光ってたなーと。


点検できたのは、Tさんのおかげ。

ありがたや。ありがたや。

昨日は公民館サークルの発表会でした。

月2回、童謡唱歌を曲のエピソードを交えて紹介しながら数曲歌い、毎年ある発表会に向けての曲を練習しています。

私は伴奏をしています。

サークルのメインは、歌うことを通して、誤嚥を防いだりする、オーラルフレイルを目的にしています。


今日歌ったのは、

「通りゃんせ」

「ずいずいずっころばし」

「白い恋人たち」

「365日の紙飛行機」


みなさん頑張りました。

今日という本番の日に来ることが出来たことをまず「おめでとうございます」と祝い、楽しく歌う。


実は、はじめの2曲は、2回雪で発表会が中止になり、陽の目をみていない曲で、今年も危ういところでしたあせる

でも無事演奏できました。

しかも、2曲は暗譜で歌えました。


いくつか、歌の伴奏に関わらせていただいていますが、それぞれに目的があるのです。地域に数多あるサークルや教室で、自分に合った場所を見つけること(出会うこと)が、楽しく続けるコツですね。

生き生きして参加出来るのがいちばん!


今回は、私的にはちょっと実験を。


衣装も長袖、ピアノの位置も、みなさんの後部だったので、2月から装着中のスマートウォッチを着けたまま本番に。

滅多にこんなチャンスはありません。

本番中の心拍やいかに!


これ、通常時。



昨日


こ、これは。



本番の出番は、午後一番手。
13:00開始(笑)
意識としてはそんなにドキドキしてなかったのに、140(笑)
体は反応しているようです。

実験は出来たし、無事終了して、満足満足満足。

昨日は、趣味で声楽のレッスンをされている方々の発表会の伴奏でした。

歌い手6名。

ピアニスト2名で分担しました。


今回の会場は、普段レッスンをしている公民館でした。


参加人数が少しだけ少なめではありましたが、それでも参加表明された方々は、毎年夏と冬の発表会をルーティン化されていて、ご自身の学ぶペースを持っておられるのだと思います。


私は今回、担当が2名でした。

毎回思うのは、普段のレッスンスケジュールや各々のタイプ(得意不得意や年齢など)を踏まえて、発表会のプログラムや準備の役割分担する先生の采配の巧みさに感心します。

今回も、担当人数が少なかった私にも、アンサンブル曲を担当させてもらい、曲のジャンルや構成でもお客様に楽しんでもらえるプログラムになりました。


今回もまた、演奏以外にも学ぶことが沢山ありました。


普段は、歌われる方の中の決まった2名がMCを担当されています。(自分の演奏のタイミングに応じて、負担をなるべく避けて)

今回は、その内の1名だけが参加だったので、加えて、普段MCをされない方々3名もMCに挑戦しました。


歌のレッスンの時にMCもレッスン。

何事も表現の要は同じです。

内容は曲の解説ですが、伝えたいことを伝わるように工夫することも「表現」です。どこで区切るか、声のトーンは?、

言葉の選び方。

今回は、自分以外の方の曲を調べて文章として原稿を作ることもされたので、そこも勉強だと思いました。


お客様側の立場では、MCを改めてじっくり聞く方は少ないと思います。

自分がMCをする立場になったら、沢山の工夫が凝らされていることに気が付きますが、なかなかそれもレアなこと。

内容を聞いてフムフムと難なく聞けて、当たり前の役割です。いかに自然に、聞く側の思考の引っ掛かり(いわゆる「噛む」というのとは別に)を無くして伝えられるかには、沢山の隠された工夫があること。


これは、伴奏ととても共通点があります。まずは、伴奏の表現が歌い手(ソロ)の妨げにならずに、違和感なく聴き手が作品にすーっと入れること。第一関門は、伴奏の存在を感じさせないこと。

ここまでで、MCと比較すると、文章構成と区切れやアクセント、イントネーションの整備に当たると思います。


そのベースの上に、伴奏にしか出来ない役割を工夫します。その役割は、まず作品の舞台の景色を前奏で作ること。その後も、主役の立ち位置の周りの環境の景色や、作品のストーリーの変化や流れを作ります。歌い手はずっと存在感を佇まいや空気感も表現し続けていますが、伴奏は声が途切れる間、声を伸ばしている時の運び、一貫して流れるリズム作りをします。終わりは、その作品の幕引きの景色。

MCはそれらを1人でこなすので、影アナでなければ、佇まい、息づかいや、声の起伏、強調したい単語の発語、話す速さ。また、余裕のある人は、聞き手の反応を見ながら、解説であっても対話の感覚を持つこと。


MCは勉強になるなぁと思いました。


前に、レッスンでピアニストも歌詞(詩)の朗読をしたことがありました。その時の取り組みは大変でしたが、とても面白く有意義だったのを思い出しました。


ちょっと新しいことに、挑戦できる場があることは、人生を生き生きさせるスパイスだと思います。


参加者皆さん、本番当日を迎えるまでに、様々な日常の背景があります。自分や家族の健康や怪我のアクシデントなど。乗り越えての当日。

プレッシャーにも逃げずにやり遂げたこと。


無事迎えられて、おめでとう!です。


色々な方との学びの場に携わることは、発見と気付きがいっぱいです。

ありがたいことです。