斜線堂有紀『恋に至る病』 (2020)は、自殺サイトをめぐるサイコミステリー。
初めは作品のジャンルが見極められず、サイコホラーか、サイコサスペンスかと手さぐりで読んで行った。
すると、著者自身が「あとがき」の中で、「寄河景(よすがけい)という人間そのものを謎としたミステリーです」と書いている(寄河景は、主人公の女子高生の名前)。
とはいえ、従来のミステリーの枠にはまるものではなく、著者独自の世界を創り上げているという感じを強く受ける。
最後まで読んでみると、謎解きのしかけはあるが、さらにすべてを明かさず、読者の頭に消えない疑問符を残す。――
さてこの作品は、2025年に映画化された。
例によって、小説を読む前に映画の初めの部分を観てみた。
監督:廣木隆一
脚本:加藤正人 加藤結子
出演:長尾謙杜 山田杏奈
横浜市内の海に近い高校に転校してきた宮嶺望(長尾謙杜)は、人前で話すのが苦手で教室での自己紹介にも詰まるが、そのとき助け舟を出してくれたのが、クラスの人気者である寄河景(よすがけい・山田杏奈)だった。
寄河景は誰からも好かれるキャラクターで、学校内外の活動に積極的に取り組む彼女は、海を見下ろす公園の清掃ボランティアを募り、クラスのみんなが参加する。
そこで、幼い少女が手放した風船を取ってやろうとして景は斜面から転落し、足を挫くと同時に目の上を切ってしまう。
血まみれの景を背負って助けた宮嶺は、景から「私のヒーローになって」と望まれ、そうすると誓う。
しかし、そのことがリーダー格の男子生徒根津原あきらの嫉妬を買い、執拗ないじめを受けるようになる。
それがエスカレートしていったある日、根津原がマンションから謎の転落死を遂げる。
その背後には、順に指示をクリアしていくとだれもが最後は死に至るという自殺サイト「ブルーモルフォ」の都市伝説が――。
最初の30分ほど、物語の方向性が見えてきたところで、映画をいったん中断し、原作を開いた。
斜線堂有紀『恋に至る病』 KADOKAWA メディアワークス文庫
例によって映画を参考にイメージして読んでいったが、読めば読むほど映画の配役への違和感が募る。
寄河景は聡明で明るく、魅力的な女子高校生だが、それに留まらず何か不思議なオーラを放ち、誰もが自然と彼女のとりこになってしまう。
そんな神秘的な少女のイメージに、山田杏奈さんではしっくりこない。
今までの経験では、映画を少し観てから原作小説を読み始めると、初めはあまり抵抗なく映画の配役でイメージし、読み進むうちに少しずつ自分なりのイメージに変化していく。
ここまで「映画の配役では読めない」 と感じたのは初めてだ。
申しわけないが、寄河景役に山田杏奈さんを配したのは、明らかなミスキャストだと思う。
これは、俳優の持ち味の問題である。
そこで、不思議なカリスマ性を備えた美少女 “寄河景”を自分なりにイメージして読んで行った。
寄河景はいわゆる「サイコパス」であり、そんな彼女の犯罪を知りつつ、宮嶺望は景を愛し、彼女の蜘蛛の糸に絡めとられるように、どんどん深みにはまっていく――。
独特な心理世界を描いた、野心的な小説だと思う。
安易なサイコホラーに流れることなく、科学的裏づけのある人格障害としてのサイコパスと、それに巻き込まれていく人の心理、そしてそれが果たして「愛」なのかどうかを描こうとした。
個人的な好き嫌いで言えば決して私の好きな小説ではないが、著者の独創への意欲と真摯な創作態度はリスペクトに値する。
そう思って原作を読み終え、まったく期待せずに映画の続きを観た。
予想通り、原作の真価はまったく活かされていない。
残念ながら、映画としての魅力は何も見つけられなかった。
ロケ場所が高校だから尚更だが、ふと高校生が撮った文化祭映画を観ている気分になる。
Amazon prime 配信だから腹も立たないが、お金をとって見せる作品とは思えない。
この作品、映画のことはスルーして、小説だけを純粋に味わうことを勧めたい。



