瀬尾まいこ『夜明けのすべて』(2020)は、2024年に映画化され、キネマ旬報日本映画作品賞、毎日映画コンクール日本映画大賞など映画賞4冠に輝き、ベルリン国際映画祭に正式招待された。
と、文庫版の帯にある。
監督; 三宅唱
脚本; 和田清人 三宅唱
出演; 松村北斗 上白石萌音 渋川清彦 芋生悠 藤間爽子 光石研
今回も原作を用意しておき、まずは映画の最初を観ていく。
月経困難症(PMS)に悩む藤沢美紗(上白石萌音)は、生理の前には感情が不安定になり、入社したばかりの会社で、発作的なイライラを周囲にぶつけてしまい、居づらくなって退職する。
5年後、美沙は小学生むけの実験キットなどを製作する小さな会社(栗田科学)で働いている。
少人数の同僚にお菓子を買ってくる気配りを見せ、彼女の良さが認められて働いている様子である。
栗田社長(光石研)はじめ、社員たちはとても優しく、雰囲気が温かい。
しかし、最近入社したらしい若い男性山添(松村北斗)は、ぶっきらぼうな態度で美沙の差し出すお菓子も受け取らない。
彼は、いつもペットボトルの炭酸水をあけては飲んでいる。
そんな彼にも丁寧に接する美沙だが、あるとき、山添のペットボトルを開ける音がうるさいと言い出し、もっとちゃんと仕事をしなさいよと、イライラの発作を爆発させてしまう。
自宅での山添は、元上司らしき辻本(渋川清彦)とオンライン通話をし、職場の愚痴をこぼす。
どうやらメンタルの不調から元の会社を離れたようだ。
また山添は、恋人らしき女性(芋生悠)に付き添われて、精神科クリニックを受診する。
女性医師との会話から、パニック障害で以前から治療を受けているのだとわかる。
そして、学校の体育館のようなところでパイプ椅子を丸く並べた、語り合いの場面になる。
司会が話すことばから、グリーフ・セラピー(身近な人の死のショックから立ち直るための心理療法)のワークショップであることがわかる。
参加者が順に自己紹介していくと、その中に、山添の元上司辻本と、栗田科学の社長の姿も混じっている。
……と、30分ほど観て、登場人物がみなセラピーを必要とする、心の傷みを抱えた人たちであることがわかった。
これはちょうどいいころ合いかと思い、映画を中断して原作を開いた。
瀬尾まいこ『夜明けのすべて』 2023 文春文庫
小説はPMSに悩む美沙の一人称で始まるが、次のセクションではパニック障害を抱えた山添孝俊の語りになり、二人の視点で交互に語られていく。
初めは互いに違和感を持っていた二人だが、山添の伸ばし放題の髪を切りに美沙が彼のアパートを訪ねるという突飛な行動をきっかけに心の垣根がとれ、互いの病を理解し合うようになっていく。
それは恋愛ではないが、互いを気づかいつつも言いたいことが言える、居心地のいい関係である。
パニック障害で、したいことが何もできないと思っていた山添は、美沙のおかげで少しずつ自分にできることを見つけ、世界を広げていく――。
心の病を抱えて生きる人々を優しく見つめ、ありのまま生きること、ありのままでいられる相手がいることの大切さを、さりげなく感じさせてくれる小説だ。
いや、いつ自分が病んでも不思議ではない現代、自分は正常だと思い、あくせくと日々何かに追われるように生きている私たちに、「ほんとうに、それでいいの?」と、より人間らしいあり方を問いかけてくるようでもある。
満足して本を読み終え、映画の続きを楽しみに観た。
最後まで観ると、映画もまたとても優しい。
原作から設定や展開を借りつつ、原作と同じテーマを映画らしく表現しようと工夫している。
そのために、脚本はかなりオリジナルになっており、制作側の強い意欲を感じる。
上白石萌音と松村北斗の自然な演技もいいし、ベテラン脇役陣の空気感がとても温かい。
この作品はまず小説を読んで、それから映画を観るのがおススメだ。
映画には原作と異なる脚色がたくさんあるので、小説を読んだあとでも新鮮な気持ちで観られる。
例によって、小説を読む前に予告編か映画の最初を観ておくと、読み終えて映画を観たときの違和感がない。
そして、小説も映画もそれぞれに、この物語の癒しの世界にとっぷりと浸ることができる。
また、タイトルの意味について原作では触れていないが、映画はラストでその謎解きをしていて、それもまた感動ポイントのひとつである。



