『望み』の“映画を観ながら小説を読む”実験で、雫井脩介の作品を初めて読んだ。
それで、以前、Amazon Prime Videoで観た映画『クローズドノート』(2007 行定勲監督)の原作が雫井脩介であったと知った。
映画『クローズドノート』は、現在と過去が交錯するストーリーで、主人公が恋愛を通じて成長する姿がみずみずしく描かれ、もの哀しい中に、さわやかな後味の残る映画だった。
主演は、沢尻エリカ、伊勢谷友介、竹内結子。
この3人は、今やそれぞれ異なる理由で、私たちの前から姿を消している。
しかし、映画の中での彼らの演技はすばらしい。
過去の映画を観ると、俳優さんがその時のままそこに生きていて、私たちの人生は、かけがえのない“今”の連続なのだと実感する。
彼らの成した仕事は、その後の運命がどうあろうと、永遠に形をとどめ、私たちにくり返し感動を届けてくれる。
鮮烈に記憶に残る映画を思い出しながら、雫井脩介『クローズドノート』(角川文庫)を手に取った。
読んでみると、マンドリンクラブに所属し、文具店の万年筆売り場でアルバイトする女子大生香恵の一人称で書かれている。
清純で可愛い沢尻エリカのイメージで読んでいくが、素直な語り口の中に、香恵の“天然”ぶりが随所に見えて、自然と彼女に感情移入していく。
伊勢谷友介演じる石飛隆作、竹内結子演じる伊吹先生も、それぞれ映画通りのキャラクターで自然にイメージできた。
映画を観た記憶の助けを借りて、映画よりも詳細に描写されている人物の心の機微が、とても味わい深い。
主人公香恵の“天然少女”ぶりは映画よりも徹底しているが、それがむしろ、哀しい物語を明るい色に染めてくれる。香恵の恋の行方は未知数だが、石飛隆作にとっても、彼女の存在はきっと救いになるだろうと感じた。
読み終えると、映画とはまた違った趣きで爽やかな読後感に浸ることができた。
さらに巻末には、この作品の着想に関わる筆者のプライベートな追記がある。
それを読んで、作家の創作の秘密を垣間見るとともに、物語のリアリティを感じ、いっそう感動が深まる気がした。
この小説はぜひ、途中まで映画を観て、そのイメージを活用して小説を通読することをお勧めする。すると、この小説の感動を深く味わえる。
そのあとで残りを観れば、映画の演出の妙や別のよさもまた実感できるだろう。