さらば!公務員! -4ページ目
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バブルと公務員

父親は現業系の公務員だった。
今は定年退職して趣味の毎日を送っている。

小さい頃、
「お父さんのお仕事は?」と聞かれるのが嬉しくてしょうがなかった。
父親の仕事は素直にカッコイイと思っていたし、実際カッコイイ。
今でも憧れの職業上位に入っているんじゃないかな。
自分は昭和51年生まれ。
バブル絶頂からバブル崩壊までずっと学生だった。
バブル絶頂は小学校高学年から中学生にかけてだった。
親が一般企業に勤めている同級生の家はその恩恵を与っていた。
中小企業の現場で働いていても、臨時ボーナス100万円なんてのも珍しくなかった。
良い車を買い、家を立て替え、海外旅行。
おもちゃやゲームを沢山買ってもらって…。
うちは公務員。
人事院勧告によりお給料は決まる。民間の動向を見て決まるが、バブルの一般企業の足元にも及ばなかった。
正直、惨めだった。
同級生が羨ましくてしょうがなかった。
その頃は、人並みの生活をさせてもらっていたが、特別贅沢をした記憶はない。年に1、2回の家族1泊温泉旅行くらい。

時は経ち、高校生位だったと思う。
バブルが崩壊し、あれよあれよと景気が後退、前代未聞の暗黒時代がおとずれる。
就職難どころか、正社員までリストラされる大不況。住宅ローンを払えなくなり引っ越していった同級生、父親がリストラされ、家族全員がアルバイトを始めた同級生、進学を諦めた同級生。

一方うちはと言うと…。
ある程度の給料カットはあったが、生活は全く変わらないレベル。
バブル時代に惨めだった公務員は、崩壊後どちらかと言えば高給取りに変貌した。
そして公務員は希望就職先ナンバーワンへと変わった。

そりゃそうだ。

明日どうなるか分からない毎日とは無関係。

この安心感が自分が将来公務員になりたいと願う気持ちを一層後押ししたのだ。
しかし公務員試験の倍率は急上昇。おいそれと合格できるレベルではなくなっていた。
幸い自分は四大進学が決まっており、バブルの余韻が残るなか
『大学生活4年のうちに景気も上向くだろう』
なんて呑気なことを考えていた。

さらば!公務員!

※ずいぶん前に日記的な事を書いていましたが、かなぁ~り滞ってしまい、新たに出発したいと思います。

学生の頃から公務員になりたかった。

別に楽してお金が稼ぎたかった訳じゃない。
収入が安定している生活がしたかったし、公務員が楽してお金を貰えるなんて思っていなかった。
特定顧客相手ではなく、不特定多数を相手に金銭のやりとりなく公平にサービスをする。
奉仕の心で仕事ができると思っていた…。
仕事をするまでは。

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