早くに目が覚めて、あきらめてもう起きることにした。
そろそろ夜明けです。朝がやってきます。
こんな時に聞くのは、この歌。
カーテンをあけて朝日を入れるような気持ちです。
このPVでの竹内まりやさんはとても素敵ですね。
起き抜けに野菜ジュースを飲むように
さわやかな一曲を。
今日も、みんなにいい日でありますように。
こういう見出しを見ると「男らしい」ってなんだろうって思ってしまう。
あきらかにほめているんだけど、「男らしい」をほめ言葉にすると
女性に対して、多大なる失礼な発言ということにならないだろうか?
同様に女性が同じような発言をしたことがあるが
「男らしい」とほめられることはないものね。
かたや「女らしい」という言葉も違う場面でほめ言葉として使われる。
ぶね。
それを語るのもいいんだけど、それは客観的報道ではないということになります。
だから、報道の文章で「男らしい」と書くのは特に
無記名の文章の場合不適切なんですよね、ほんとは。
現実にはこういう「思いの言葉」はまかり通っていて
無意識のうちに「伝統の思い込み」はすりこまれ、
引き継がれてきたんです。
「優しくある」ことは
「男らしい」とも「女らしい」とも言われる。
つまりは、この言葉は
「異性として感動した」というかなり性的な報告の文章なんだと思う。
などという言葉について時々考えることも書いてみます。
まとまりのない散文的なことが多くなると思うけど
よかったらおつきあいください。
あきらかにほめているんだけど、「男らしい」をほめ言葉にすると
女性に対して、多大なる失礼な発言ということにならないだろうか?
同様に女性が同じような発言をしたことがあるが
「男らしい」とほめられることはないものね。
かたや「女らしい」という言葉も違う場面でほめ言葉として使われる。
ぶね。
それを語るのもいいんだけど、それは客観的報道ではないということになります。
だから、報道の文章で「男らしい」と書くのは特に
無記名の文章の場合不適切なんですよね、ほんとは。
現実にはこういう「思いの言葉」はまかり通っていて
無意識のうちに「伝統の思い込み」はすりこまれ、
引き継がれてきたんです。
「優しくある」ことは
「男らしい」とも「女らしい」とも言われる。
つまりは、この言葉は
「異性として感動した」というかなり性的な報告の文章なんだと思う。
などという言葉について時々考えることも書いてみます。
まとまりのない散文的なことが多くなると思うけど
よかったらおつきあいください。