イダマスイや環境への配慮を勘違いすることがあります。
僕の例を公表致します。
革靴やスーツが古くなり、傷んできても、もったいない・・・と思い、粘り強く、履き続け、着用し続けます。
しかしながら、これは、イダマスイや環境への配慮や"もったいないを創造する"こととは違うと最近気が付きました。
それは、仲間からの指摘でした。
お酒を飲む機会も近年、めっきりなくなり、友達付き合いも、年末年始やゴールデンウィークに集約しがちです。先月、僕の誕生日に仲間から言われました。
もう若くないので、オシャレでなくても、せめて、みすぼらしくない服装、身だしなみが必要だと指摘されました。
普段着は、まず及第点だと思い込みましたが、
スーツや革靴の痛み具体合いは、この仲間からの指摘を受けたあとは、気になりだしました。気になりましたが、そういう指摘に対して、内心、モッタイナイ・・・やイダマスイを言い訳にして、まだまだ使える・・・と自分に言い聞かせておりました。
新規件数もそれなりに増える中で、新たに知り合うお客さん、その会社の社員の方々に対して、確かに、見た 目も最低限必要だと、この頃、毎日感じます。
そこで、決めました。
買おうと・・・。そして、それを大切に使おうと。
その方が、イダマスイや"もったいないを創造する"に近い行為のように思えてまいりました。
小野寺