子供の頃、13か14歳位の頃、秋だったと思います。
船でカキの養殖イカダに取り付いて釣りをしていたところ、
あちこちでボラがはねていることに気が付きました。大きな群れだと感じました。
僕はボラが食べたい訳ではなく、ただ、目先の獲物を獲得したい欲望に強烈にかられました。
その日の夕方、通称『北洋アミ』という鮭・鱒用の網目の大きな網を実家の倉庫から持ち出し、その網に2メートル置き位に発砲スチロールをくくり付けて、網を浮かせた状態で海に投入しました。翌朝、行って見ると100匹以上ものボラがかかっておりました。
ところが、当然ですが家族は誰も喜んでくれませんでした。
魚屋を呼んでタダで差し上げました。かなり、後味が悪かったです。
あの行為は『殺生』です。祖母が『痛ましい(いだましい)』と言っていたことを思い出します。

このイダマシイとIDAMASUIの意味は違うと思いますが。
それ以後、最近になるまで、自分が採った魚介類は食べれなく
なりました。4年前くらいから、祖父が亡くなる1年位前から、祖父が
旬の食べ物で『初物(はつもの)』を食べることを、やたら感謝したり、喜んでいる姿を
見て、それを真似していたら、気持ちがかなり変化しました。
命を頂くことを、ボラの事件以後、申し訳ない・・・というか、俺にはもったいない食べ物という
感じがして引け目を感じておりましたが、そういう自分が採ってきた魚介類を祖父が
喜んでいる姿を見ていて、気持ちが和らぎました。今では、有難く食べさせて頂くことにしております。

これがIDAMASUIに関係あるのかどうか自信ありませんが、IDAMASUIの精神を物を大切にする
心だと広義に解釈し、今回は、自分が採った魚介類について述べました。


りらっくま