昨日、里山ウォーキングを開催。
いつものごとく、案内人は、新米王子とかぐやのほかに、
おばさまに人気のMr.マダムキラーである、会員のイシタニさん。
今回のコース、じつは昨年秋に予定していたのですが、台風のおかげで中止。
しかも、昨年のウォーク&ハイクは、一つを除き全滅。
台風、豪雨、大雪.....。
なので、参加されたお客様の言葉、
「今年はさい先がイイねぇ。」
おっしゃるとおりでございます。
おまけにいつもより気温が少し高め。
歩きやすかったぁ。
まず向かったのが、『山口志道生誕地』です。
山口志道は、江戸末期の国学者です。
五十音の成立とカタカナの発生、
つまり、現在の日本語の原理を説いた人です。
この説明を、参加された平野さんにお願いしました。
平野さんは、この場所で生まれた方。
管理人でもあります。
皆さん、真剣に聞いていましたョ。
いろいろな才能をもっていた山口志道。
小倉百人一首の文字を使って富士山を描いたところ、光格天皇の目にとまり、おそばにつくことに。
季節柄咲いていた紅梅一枝を賜ったとのこと。
これが、その紅梅です。
幼いころの山口志道は、次に立寄った安国寺さんにていろいろな勉強を学んでいます。
ちなみに、今上(平成)天皇は光格天皇から続いています。
そして『春日神社』です。
そう、羯鼓舞のおこなわれる場所です。
ちなみに、こちらは昨年の羯鼓舞の様子。
ジャンプしてます。
日頃からの鍛錬の賜物ですねぇ。
なんて説明していたら、いきなり神社の扉が開きました。
超~~~ビックリ。
(((゜д゜;)))
ここが空いたところなんて一度も見たことありません。
どれだけビックリしたか想像してください。
昨日は建国記念の日ということで、市内各神社はお祝いだったのです。
「さっきまで宮司さんがいたんだょ。」
っておしえてくださって、
おまけに、
内殿にあげてくれました。
貴重なご神体も見せてくださいました。
そのご神体のいらっしゃる扉の中に伊八の作があったのです。
せまくて暗くて、よく見えませんでしたが、でも貴重な体験でした。
北風原地区の皆さん、有難うございました。
一度、みんなみの里に戻って昼食。
午後1時よりまた再開。
向かったのは、『吉保八幡神社』です。
じつは今回、宮司さんにお願いして内殿を御開帳して頂いたのです。
以前お伝えした、初代伊八作の向拝です。
うすいですが、ちゃんと彫印がありました。
で、外の拝殿の向拝は後藤福太郎の彫印がハッキリ。
『波の伊八』と『龍の後藤』です。
宮司さん、有難うございました。
参加者の皆さん、本当に喜んでいました。
そして抜け道をぶらりしながら向かったのが『森永乳業発祥地』です。
以前お話したとおり、この嶺岡山周辺は日本酪農発症の地です。
しかも、鴨川には明治と森永という二大乳業会社があったのですョ。
森永乳業の前身である真田練乳所の場所は、写真等の資料では確かに残っていますが、実証するものがなかったのです。
それを2013年暮れに、井戸の遺構が発掘され、森永乳業発祥の地と特定されたのです。
ただ、なぜ今まで発見されなかったのか.....。
ミルクキャラメル生産拡大のため、原料確保が必要だった森永製菓。
鴨川にあった施設を買収して日本練乳㈱を設立。
これが森永乳業の始まりです。
ただ、この場所での操業はたった2年間。
静岡に酪農事業の中心を移したのです。
そのため鴨川の酪農は明治乳業が深くかかわっていくことに。
こんな近くに深~い歴史が眠っているんですョ。
かぐやは、みんなみにお勤めしなければ知ることもなく過ぎていたと思います。
こうしてみんなみの里に戻った後、お楽しみの菜花摘み。
袋一杯に摘み取ってましたョ。
時間はいつもより早めにすんだウォーキングですが、
内容はおなか一杯って感じだと思います。
…自画自賛かな、へへへ。
とにかく、建国記念の日ということがラッキーでした。
春日神社、吉保八幡神社にくわえ、安国寺にも中に入れてもらえたのです。
忙しくてなかなか参加されない平野さんによる山口志道のお話も聞けたし。
参加者の皆さんに言われました。
「日頃のかぐやちゃんの行いがいいのョ。」
いやいや、すべては神様、仏様のおぼし召しです。(。-人-。)















