大きな地図で見る
「ノアの方舟が見つかった」という話題はこれまでにも何度も繰り返されてきた。かつてフランス国立博物館館長を務めた考古学者アンドレ・パロは「聖書の考古学」の中で記録されている最初のエピソードを紹介している。それは19世紀のアルメニアの一修道士の伝説で、彼は信仰心によって頂上を極めようとしたが途中で神に留められたという。その後彼に夢の中で天使が「山頂には到達できないことと、その努力に報いるために山頂に存在する箱舟の断片を与えよう」と告げた。そして与えられた箱舟の断片がアルメニア主教のいるエチミアジンのカテドラル(大聖堂)にもっとも貴重な聖遺物として保存されているという(L'Univers illustre, No.281, Jeudi 1er octobre 1864)。-波木居斉二・矢島文夫共訳「聖書の考古学 埋もれた世界の発見・大洪水とノアの箱舟・バベルの塔」、1976年新版158頁、みすず書房
その後、1867年にアマチュア登山家であったブライス卿が約4500メートルの高さの岩の傾斜において木片を拾い、箱舟の残骸を発見したといって興じたそうだ。それから時を経て第一次世界大戦中、アララト山上空を飛んだロシアの航空士W・ロスコヴィツキが山の斜面に古代の船の残骸を認めたと断言。ロシア皇帝により遠征隊が派遣され、彼らも船の残骸を確認したと報告したが、不幸にも報告書は1917年の革命で消失したという。
それからも何度か箱舟発見のニュースがセンセーショナルに報道されたが、聖書考古学の専門誌は一貫してふさわしい沈黙を守ってきたという。たとえば The Biblical Archaelogist 誌は「すべての記事は何らの根拠もないこと、またそれは信じたいことを信じる人間の傾向の例として考えねばならない("It may be regarded as a symptom of man's willingness to believe what he wishes to believe.")」と一行で片付けたほどだ。-同書、159-160頁。
さて今回の発見はどうだろうか。
トルコと中国の「キリスト教福音派」の考古学者ら15人からなる探検チーム「ノアズ・アーク・ミニストリーズ・インターナショナル(Noah's Ark Ministries International)」が発表したところによると、木片はトルコ東部にあるアララト山の標高およそ4000メートル地点で発見した構造物から採取したもの。炭素年代測定を行ったところ、ノアの方舟がさまよったとされる今から4800年前と同時期のものであることが確認されたとして、方舟のものであることにほぼ間違いないとの見解を示した。
Was Noah's Ark Found? - ABC Newsにあるビデオによれば、発見された構造物はかなりの大きさであるらしい。旧約聖書の記述によれば、箱舟の大きさは長さ300腕尺(キュビトと音訳される)、幅50腕尺、高さ150腕尺、つまり150x25x15メートルであると記されているので、もし箱舟が完全な姿をとどめていればそれは非常に大きいものである。さらに3階建てで、小室で仕切られていて、種類分けをするのに都合がよいとされている。
もっとも聖書批評家たちによれば、創世記にあるノアの箱舟伝説のオリジナルはニネヴェで発掘された『ギルガメシュ叙事詩』を含む楔形文字の伝統と言われてきた。こちらにも洪水を乗り切るための大きな船が登場する。しかしながら保存状態が良好な唯一の資料『ギルガメシュ叙事詩』の第十一粘土板によれば、「その表面積は1イク(約3500平方メートル)、その壁の高さは120腕尺(60メートル)、屋根の側面はおのおの120腕尺(60メートル)であった」とあり、船というより大きな箱の外観だったと記録されている。水平な6つの床を持つ7階建てで各々のフロアは9つの部分に分割されていたとあり、近代の造船技術に接近している旧約聖書の箱舟とは根本的に船の大きさも形も異なっている。-同書、152-154頁。
今回の報道ではアララト山頂付近で発見された構造物ということなので、大きさについてはさらに詳細な発掘結果を待つ必要がある。しかしながら炭素年代測定法である程度の年代が報告されたことを踏まえると、今までの方舟発見のニュースとは一線を画すものなのかもしれない。ただ発掘隊が「ノアズ・アーク・ミニストリーズ・インターナショナル(Noah's Ark Ministries International)」ということから、ノアの方舟の存在を信じたいグループによる発掘という点を割り引いて考えないといけないかもしれないな。
【2010.5/7 17:51追記】アメブロのメッセージボードに掲載していましたが、個別リンクでは表示されないので注記:
発見されたノアの箱舟はフェイクだったという噂が出始めていますね。しかもアララト山のふもとの村 Doğubabyazit (トルコ)の地元ではみんなが知っていることなのだそうですが、今回一通の電子メールから判明したのは、10万ドルの調査費用をせしめるために、黒海近辺にあった構造物を人足を雇ってアララト山まで運んで撮影した詐欺事件だったという顛末だとか。(2010年5月6日)
そのため記事タイトルも若干変更しました。
【関連記事】The Digital Dead Sea Scrolls[October 03, 2011 15:30:45]
【関連記事】西暦前10世紀の古代エルサレム城壁(オフェル)が発掘される[March 07, 2010 11:14:52]