Dear あなたへ
またロシアか
それは私が高校1年生の時だった。
春の終わり頃、午後の温かな日差しの中、学校帰りのバスに乗っていた時の事だ。
平日の昼過ぎのバスは、乗客もほんの3、4人と言ったガラガラ状態で走っていた。
その日はテスト期間中で、帰宅時間が早かったのだろうか。
私はのんびりと外の景色を眺めながらバスに揺られていた。
途中で一人の男性が乗車をし、私の前の席に腰掛けた。
小麦色した肌に彫りの深い顔立ちをしており、一目で外国の人だとわかった。
しばらくすると彼は後を振り向き、私に声をかけてきた。
生まれて初めて外国の人を実際に見て、その上声をかけられてもう心臓はバクバク、ドキドキ状態となった。
だが彼は片言の日本語が話せ、
ハロー こんにちは
から始まりホッとした。
彼は片言の日本語にクリアな発音の英語混じりで、私に質問してきた。
私の住む町の病院に用事があってこれから行くのだが、このバスで大丈夫なのかと言う質問だった。
このバスで大丈夫。
病院もバス停のすぐ近くにあると説明すると、ほっとしたような笑顔になった。
それからは、私の思いつく限りの英単語を総動員フル活用させて、カンバセーションタイムとなった。
彼の片言日本語、私の片言英語の混ざり合ったチャンポン会話である。
まずはどこの国の出身ですか?
と英会話基礎編を始めた。
彼は出身はアフガニスタンと言った。
アフガニスタン。
インドとネパールのそば?
パキスタンの隣?だっけ。。。
欧米や東南アジアと違って、ピンとこないでいると
彼はアフガニスタンと日本は似ている所があって、とても生活し易く居心地がいいと言うような事を話し出した。
どんな所が似ているんですか?
日本語は英語等とは違って、文章を上から下に書き、右から左に向けて書いていきますよね。
アフガニスタンも同じです。
右から左に向けて書いていきます。
あと日本人は靴を脱いで部屋に入りますよね。
私の国もそうです。
靴を脱いで部屋に入ります。
日本の畳のようにジュータンが敷いてあり、土で汚れずに清潔に暮らしています。
住まい方が日本と似ています。
色々と同じような事もあるし、私は日本がとても好きですと、嬉しそうに言われた事を覚えている。
彼は国からの派遣で来日し、今研修所のある筑波に滞在していると。
日本の医療や農業等の現状を見て研修しているところです。
国に戻ったら日本で学んだ事を、国や国民のために生かせるように勉強していると言った。
明るい笑顔と真摯な表情に、10代の私は凄いなあと感動し、アフガニスタンがとても近い国となった。
それで今日は病院の院長先生に会って、話しを聞きに行くところなんですと。
そんな事を話していると彼が降りるバス停になった。
色々勉強して帰れるといいですね。
元気にやってくださいね。
またドキドキしながら
have a good time enjoy
good luck
彼は人懐こそうな瞳を向けて
いつかアフガニスタンにも来て下さい。
山がきれいで、とてもいいところです。
どうもありがとう
では
さようなら
そんな感じで別れ、手を振って見送った。
生まれ初めて話した外国の人
その彼はアフガニスタンの人だった。
いつかアフガニスタンに行く事があるかな。。。
きれいな山がある国なんだ
そんなちょっとした出会いにワクワクした、春の終わりだった。
それからしばらくして、その彼の母国名をニュースで聞いた。
ソ連のアフガニスタン侵攻
あの彼は今どうしているだろう
研修が済んで予定通り帰国したのだろうか
でも戻った国は戦車に踏み込まれ、無事でいるんだろうか
のんびりとバスに揺られながら
自分の国の未来を想い
嬉しそうに笑った
美しい鼻梁を持つ国の人
コーランを唱える信仰心厚い国の人達
あの時の彼の笑顔を思い出すと、今だに視界がぼやけてしまう
その後ソ連のアフガニスタン侵攻は10年続いた
外国に行った事のない私に、アフガニスタン、そしてソ連という国名は強烈な印象でインプットされた。
ソ連の侵攻以来アフガニスタン情勢は変貌した。
タリバンによるアフガニスタン支配。
バーミヤン遺跡の破壊等のニュースを聞く度に、彼の笑顔を思い出しては切なくなった。
希望に満ちた表情で、日本で学んだ事を国に帰ったら必ずみんなに教えるんだと嬉しそうに笑っていた彼。
純粋に国を想い、自国を誇らしげに語ってくれたあの笑顔を忘れる事なんてできない。
21世紀になり
全世界がパンデミックの脅威に晒され
日々ウィルスと戦っているそんな中
またロシアのウクライナ侵攻
ソビエト連邦が崩壊してロシアになっても、一向に変わらない支配力
そして国のトップの意向で、いつも犠牲になるのは多くの国民の命
戦火においての人間の命は、紙っぺらよりも薄い
芥子粒より小さく、儚い物になってしまう
どうして戦争は起きるんだろう
その理由は私などには計り知れない想像もつかない多くの事が、複雑に絡みあっての結果なのだろう
けれど結論は一つだ
戦争はしてはならない
戦争はやってはいけないし
させてもいけない
人類の叡智は血を流す戦いをせずに
全世界が
武力放棄、戦争回避に向けて動く事に使われるべきではないかと痛切に思う
ウクライナ人もロシア人も
国民は戦争を
支配する事も
蹂躙される事も
決して望んでないのだから
一刻も早い戦争終結
穏やかな日常へ戻れるよう
それだけを願い祈るばかりだ
