Dearあなたへ
回りを見回す。とりあえず色水ぶっかけ男の姿は見えない。もう4、5回も色水をかけられているのだ。勘弁してくれ。
人影少ない街中で突如現れ、駆け寄ってきては色水ぶちかけられる。
終いにはどんどんエスカレートし、青や黄色の色粉までぶちかけられる始末だ。
シャツもコットンパンツもどんどん真っ青になっていく。
顔なんてもう青と黄色が混ざり合い、まさにパレット状態。鏡を見るのが怖すぎる。
戦々恐々である。
左手には街路樹と広い車道が広がり、休日のせいでか車の通りは少なく、人が歩いている気配もない。街全体がガランとした静かな雰囲気だ。
どこかでちょっとキャーキャー騒ぐ声がするくらいだ。
右手は石塀に囲まれた住宅地が続き、殆ど人影の無い石畳の歩道を、ひたすら宿を目指して歩いてる。
静かなはずの朝の風景が、色水男の出現で一変し恐怖の静けさに変わってしまった。
なんでこんな目に遭うの。。。恐怖のため息しか出てこない。
逃げ込もうにも塀の扉にはガッチリ鍵もかかっていて、入る隙間も見つからない。
半分泣きそう気分でどうしようかと思っていたら、前方に人が歩いているのに気がついた。
よく見るとアイロンのかかったピシッとしたシャツと、折り目のついたズボンに革靴を履いて歩いている。
後ろ姿だけだが、これは紳士だ!この人の後ろをついた行こう!そうすればきっと大丈夫。
案の定その紳士らしき人の後ろにピッタリくっついて歩き始めると、色水男達は現れない。
暫くすると現れたが近くまで寄って来ても、その紳士が一瞥するとささっと離れて行ってしまう。
やった!この紳士を盾にいやいやボディーガードにしようと勝手に決め込んで、胸を撫でおろす。
さっきすれ違ったきれいなサリー姿の女性もそうだ。どうもこういうキチンとした身なりの人には、色水ぶっかけ男達は遠慮するのか、近づかないとわかってきた。
色水ぶっかけ男達にも、一応思慮分別ってものがあるらしいと。
とにかく安全地帯確保!と紳士の後ろにひっついて、ガラゴロガラゴロスーツケースを引っ張って歩いている。
と、クルッと紳士が振り向いた。
色水色粉まみれの私の姿を見ても別段驚くこともなく、何か御用って?感じで首をかしげる。
これはチャンス!なら聞いちゃおうっと。
おもむろにガイドブックを開いて、目的の宿を指差す。
と、ああここね、と頷き、オッケー。
着いておいでって感じで、親指でゴーサインが出された。
ええっまっじ!連れてってくれるの〜
ありがたや
あまりの嬉しさに涙が溢れそうになる。
地獄で仏とはこの事か。まさにインドで仏陀に救われる。って事?
その後は緊張感が取れ、やっと安堵状態でスーツケースを転がし歩く。
そんなホッとした気分でしばらく歩いていたら、前を歩く紳士がピタッっと止まり右手の角を差し、この先だよって合図をする。
じゃあねもうそこだから、気をつけて行ってね。と言う感じの事をさらりと言って、別れ際まで紳士的な振る舞いで立ち去って行く。
その高貴な後ろ姿に深々とお礼をし、サンキューサンキューベリマッチと言うやいなや、脱兎の如く宿を目指して猛ダッシュ。
来ないでよ。もう絶対に出てこないでね〜
ガラガラガラ。スーツケースのキャスターは半分宙に浮いている。
着いた〜。ゼイハーしながら辿り着いたのはドミトリー。
世界各国の若者やバックパッカーご用達の宿である。
Tシャツに短パン姿で雑誌を読むお兄ちゃん。
コーヒーカップ片手に談笑する女の子達。
朝のひと時をのんびりと寛いでいる。
そこに突如顔はドロドロペンキ屋状態。
頭のてっぺんから足元まで水色姿で私が現れると、 彼女達は肩をすぼめてOh!Holi!
と言ってにこやかに微笑むではないか。
うん?ホーリー!って言った?それって何?
そうホーリー。
それはインドの春のお祭り、色水をぶっかけ合うホーリー祭の事だったのである。
こともあろうかインドに着いたしょっぱなから、私は年に一度の春祭り、Holiにぶつかってしまったのだ。
もしやこれは神様の思し召し?
神のみぞ知る
好奇心は止まらない