女性と生物多様性に関する声明(COP9) 訳文の前に
COP9というのは生物多様性条約第9回締約国会議のことだ。これは2008年5月にドイツで開かれた。そして第10回の集まり、即ちCOP10が2010年に名古屋で開かれることになっている。
COP9に出向いた友人が、このCOP9で出された「女性と生物多様性に関する声明」を入手してくれたので、英訳を試みた。
でも「女性と生物多様性」って---どんな関係があるの?と思いますよね。
以下、次便を読んでいただければ良いのだが、わかりにくいのは、訳が悪いだけではないと思う。そこで、このバックグラウンドとなることを少し説明することにする。
生物多様性条約では
1:生物多様性の保全
2:生物多様性の利用方法
3:遺伝子資源へのアクセスと利益配分
というのを主要な論点としている。
1はともかく、2は何?3にいたっては耳慣れないテーマだと思う。
生物多様性というのは、読んで字の如く、多様な生き物が支えあって自然界を形成していることを意味する。地球上には、様々な生態系があり、であるからこれに応じて様々な種類の生物がいる、そして同じ種類でも一匹一匹あるいは一人一人は異なった遺伝子をもっている。そういう多様性があるから、全体として驚くべき柔軟性を持った自然界が成立しているのである。
こと人類は、食はモチロン、医薬品や、日用品、建築材料や環境問題まであらゆる面で生物多様性の恩恵を受けて暮らしている。だから、人類が生き延びるために生物多様性を維持することは非常に重要で、生物多様性をどのように利用していくのかと言うことは、国家間の戦略としても極めて重要な問題となっているのだ。
ごく簡単に事情を説明すると、開発によって自然が破壊されて、生物多様性が危機に瀕している。だから、バランスの良い生態系の利用をしていかないと人類全体の存続に関わることになる。先進国にとっては、(途上国の)自然資源をある程度保全し、利用の権利をどのように確保していくかは重要な資源戦略であり外交課題なのだ。そして提供する途上国側にとっては、先進国が途上国の自然資源を勝手に利用して、それによる恩恵も独り占めしている実情に対し、収奪されるばかりはいやだと主張する—そういう状況なのである。
また、農民にとっては、例えば、改良を重ねながら、土地に合った多様な品種を栽培してきたのに、先進国による開発によって、「高収量の米の品種(しかも単一栽培)」に変えられてしまう。すると、一時的には高収量が得られても、バランスの悪い灌漑や農薬・肥料によって土地が疲弊して長続きせず、その被害を農民が一方的に蒙ることになる。そればかりでなく、多国籍企業による改良品種の「種(タネ)」は、企業による特許権がつくので、農民はそれを購入しなければいけないし、場合によっては特定の肥料や農薬までセットで買わなくてはいけない。途上国の農民が自ら生みだした種子まで特許権が波及して、自由に使えなくなってしまう事態まで懸念されるのである。次ページに紹介する「声明」のなかで「種子(タネ)」の問題が重く扱われているのはこのあたりに起源がある。
この過程では次のような対立が起こっている。
・先進国・多国籍企業vs途上国政府(利益配分)
・先進国vs先進国(生物資源争奪戦)
・環境団体vs途上国政府(保全vs開発の権利)
・多国籍企業&途上国政府vs途上国の農民(自ら育てた資源に対する権利の剥奪、被管理)
・途上国の男性農民vs女性農民(女性への搾取)
また、生物多様性条約では、女性の役割の重要性や意志決定過程への参加が詠われている。
それは、途上国では農業の大きな部分が女性に担われている場合もあり、実際に地域の生態系や伝統的農法に関し、深い知識を持っているのは女性だからなのである。だから、有効に自然を利用していく上では、彼女らの参画が必須なのだ。そして、資源をめぐる対立や、生物多様性の喪失などによる被害を末端で厳しく蒙るのも途上国の女性ということになる。
それが、「女性と生物多様性」という切り口の出て来る理由だ。
さて、この切り口はいわゆる「差異論」と考えられないこともない。この切り口や次ページの声明に対し私たちはどう考えて行くのだろうか?