ここ最近、「理系的思考」だとか「数学的思考」といった感じの本が
本屋の棚に積まれているのをみます。
どれどれ(@_@) って感じで見てみると、
理系つまり、エンジニアが今までの日本を支えてきたとか、
ひどいものだと、文系人間が日本をだめにしてきたとか、
理系が偉い、文系は下っ端みたな内容の本が多いように思います。
もちろん、本の作者はそこまで極端なことは意図していないのかもしれませんが、
文系の読者からすると、ちょっと、むぅっ(`(エ)´)って感じ。。。
でも、理系的思考とか数学的思考っていったい何なの!?
そもそも文系とか理系とかそんなはっきり別れるもんなの~!?
その核心をつくような著書は少ない。
そこで、自分なりに考えてみました。あくまで自分なりにね、、、
ーーー――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
理系的、数学的思考とは、なにも理系の大学に進むことでもなく、
難しい数式を解くことでもなく、エンジニアになることでもなく、
つまり、何かを「つくる」ことだとおもうんですよ。(~的ってつまりそういうことジャン。)
その「何か」っていうのは、工学や化学、生物学的なものだけではなく、
例えば論理的な思考や新しい方法論、新しいアイデアのことです。
そこには、別に数式を解く力はありません。
よく、いわゆる文系の人は、たくさんの本を読み、ただそこに書かれていることをつなげるだけだ、
と揶揄されます。
ただ、本の同じようなことが書かれている箇所をつなげるだけでは、何もつくることはできません。
そうではなくて、本はあくまで自分の考えを構築する材料として、
新たに自分で何か概念を創ることが大切だと思うのです。
もちろん、本の作者達もこのようなことを言おうとしているのかもしれませんけどね、、、
要するに理系的思考とか数学的思考(もはなこの呼び方も適切ではない気がするが、、)
とは芸術的であり、哲学的であり、思想的であるのです。
自分で創ってなんぼの世界ということです。
本屋の棚に積まれているのをみます。
どれどれ(@_@) って感じで見てみると、
理系つまり、エンジニアが今までの日本を支えてきたとか、
ひどいものだと、文系人間が日本をだめにしてきたとか、
理系が偉い、文系は下っ端みたな内容の本が多いように思います。
もちろん、本の作者はそこまで極端なことは意図していないのかもしれませんが、
文系の読者からすると、ちょっと、むぅっ(`(エ)´)って感じ。。。
でも、理系的思考とか数学的思考っていったい何なの!?
そもそも文系とか理系とかそんなはっきり別れるもんなの~!?
その核心をつくような著書は少ない。
そこで、自分なりに考えてみました。あくまで自分なりにね、、、
ーーー――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
理系的、数学的思考とは、なにも理系の大学に進むことでもなく、
難しい数式を解くことでもなく、エンジニアになることでもなく、
つまり、何かを「つくる」ことだとおもうんですよ。(~的ってつまりそういうことジャン。)
その「何か」っていうのは、工学や化学、生物学的なものだけではなく、
例えば論理的な思考や新しい方法論、新しいアイデアのことです。
そこには、別に数式を解く力はありません。
よく、いわゆる文系の人は、たくさんの本を読み、ただそこに書かれていることをつなげるだけだ、
と揶揄されます。
ただ、本の同じようなことが書かれている箇所をつなげるだけでは、何もつくることはできません。
そうではなくて、本はあくまで自分の考えを構築する材料として、
新たに自分で何か概念を創ることが大切だと思うのです。
もちろん、本の作者達もこのようなことを言おうとしているのかもしれませんけどね、、、
要するに理系的思考とか数学的思考(もはなこの呼び方も適切ではない気がするが、、)
とは芸術的であり、哲学的であり、思想的であるのです。
自分で創ってなんぼの世界ということです。










