やってない』 見ました。


なんていうか、

ジャンルとしては、『華氏911』とかと同じになるのかな。

映画としては、特に感動もなく、迫力ある効果もなく、

とにかく考えさせられる映画でした。

でも、やっぱり見ておいて損ということは絶対ない!!


ちょっと前に本物の裁判を傍聴しに行ったことがあるだけに、映画は食い入るように見てしまいました。

とにかくリアル感はビシビシ伝わってきました。


ここから先は”やや”ネタバレがありますので要注意してください。
















































































この映画は今の裁判制度について、その問題点をついたものですが、

見方は2つの段階があると思うんです。(こういう社会派映画はいつもそうだけど、、)


一つは、


無罪の人が有罪になるっていうけど、それが裁判!それが現実!

映画に出てくる、有罪を言い渡した裁判官も検察も警察も悪くない。


もう一つは、


確かに、今の裁判制度には問題がある。罪な無き人が有罪になるなんて!ふむふむ。


(もちろん、この映画の意図は、前者を認識させつつ、後者を考えさせることなんでしょう。)


私の感想は、確かに現行制度には冤罪に対して見直さなければならないところがあるけど、

だからといって、この映画の裁判が完全にまちがっているとはいえない、

です。

(相変わらず保守的な考えだ)


というのも、ちょっと穿った見方かもしれませんが、


この映画の主人公、金子哲平が”本当に痴漢をしたか”はわからないからです。

もちろん本人は否定していますし、家族や友人はそれを信じています。

映画も冤罪がテーマなので、たぶん金子哲平は本当に痴漢をしていないんでしょう。


でも、裁判官の視点から見た場合、(あるいは映画を見ている人からも)それはわかりません。

(これは、結局真犯人がだれなのかわからないところから見ると、制作者の意図かもしれませんが、、、)


映画の中で述べられた、判決の理由は、とても合理的で論理的です。


弁護士の出した反証も、判決理由を言われてみれば、確かに決定的なものではなかったような気もします。


だから、哲平が「無罪」になるような証拠はないんです。

もちろん、だからといってそれが「有罪」になる証拠でもありません。


映画の中で最後にいっていた、


「裁判は”とりあえず”有罪か無罪か決める場所」。


これは、映画を見て初めて気づかされたことでした。

じゃあ、こんな裁判でこれからもそのままでいいのか。いけなかったら、どう変えたらいいのか。


正直、今の私には何とも言えません。ただ、”そのまま”ではいけないような気だけはします。

現実に、これから裁判制度は大きく変わろうとしていますが、

それが果たして理想へ近づくためのものなのか、

これからゆっくり考えていきたいと思います。

んじゃ、そういうことで、今週中にまた裁判傍聴に行こうかな。

「華麗なる一族」見ました!


(↑この画像はホームページより。来週、キムタクに変えます。)

実は私、山崎豊子、好きなんどす。

なんかこう、社会問題の裏をついたドロドロした~~組織的な~~

ってとこあたりが。ちょっと実話に基づいているというところもガッツリです。

もちろん(?)私は、

30年くらい前にやっていたという、

山村聰主演の「華麗なる一族」や田宮二郎主演の「白い巨塔」は

見たことありませんが、木村拓哉も唐沢寿明もかっこええし、

よって、今回の「華麗なる一族」もいいと思う。

製鉄所のシーンなんて「大地の仔」やん!!

西田敏行は「白い巨塔」やん!!

こら~他作品の名場面も一緒に思い浮ぶわ~

「のだめ~~」はほとんど見れなかったけど、こっちは見るで~

ほな、明日さっそく本屋に『沈まぬ太陽』でも買いにいこか

最近、飛行機に関する事故やら不祥事が多いからこっちもドラマ化されるかもしれないし。

それとも、昨今の日本戦争映画ブームのつながりで『不毛地帯』とか、、、

テレビより先取りしよっと♪
昨日、うちにサンタが担いでそうな白い麻の袋が、

はるばるフランクフルトから届いた。

「お、こりゃ、ちょうどいいクリスマスプレゼントだわい」

中はアメリカの高校数学の教科書だ。

『ALGEBRA2』


(ちょっとぶれてるけど、許して)

それにしても、向こうの教科書って奴は、やたらデカイ。

こんなの2冊入れたらカバンはいっぱいだ。しかもやたら高い。

この本も80ドル以上もする。

効率が悪いことこの上なし。



(ひどくぶれてるけど、気にしないで)

しかし、向こうのテキストの内容は、どれも日本のそれと比べて、かなりすばらしい。

このボリュームの違いはそこによるものだ。

教育課程がちがうから一概には言えないが、

正直、中身の難易度は、だんぜん日本の方が高い。

しかし、自然科学や社会科学の具体的な数学の使用例が豊富で、

「今、自分が勉強していることは、どのように役に立つのか」

がはっきり書いてあるアメリカのテキストの方が、勉強してて楽しい。

「数学を学問として学ぶのは大学からでいい、

 高校まではツールとして学ぶべき」

そう思うなら、アメリカへ!


最近、学校では毎日、どっかしらの企業がやってきて就職説明会を開いてます。

私は、今年こそは就活しませんが、
将来必ずすることだし、今のうちから参考にと思っていくつか出ています。

(ちなみに、日銀と東証には、もうエントリーしています。)

で、一昨日、JR東日本の説明会に行ったとき、

質疑応答の時間に、ある人が、
それはそれは丁寧な言葉遣いで、
身のこなしもほぼ完璧に質問をこなしていました。

しかも百人以上はいるホールの中で、起立してマイクを通しての質問。

本当に「できる人だなぁ」って思いました。

これは夏休みにインターンシップに行ったときにも感じたものでしたが、
やっぱり、こういうのができて「大人」だと思うんです。

テストでいい点取ったって、
こういったことができなければ全く社会に通用しないと思います。

むしろ、とっさのやりとりで、完璧な言葉遣い、仕草ができる人の方が頭の回転は
だんぜん速いでしょう。

(おそらく、面接官もそういうところを見ているのだと思います。)

だから、就活するしない、云々の問題ではないのです。

なにをするにしても、きっちりこうしたことができなければ「大人」ではないのです。

だから、私はこれからも説明会には出席するし、
いくつか会社の面接を受けてみようと思います。
そして、疑問に思ったことは何百人いようが、ちゃんと質問してみたいと思います。

そう、合宿のとき、就活を終えた先輩方を見て感じた、あの「大人」のオーラ。

本格的に就活こそしませんが、来年の合宿では、私もそうしたオーラを身に着けて、
後輩に触れたいものです。
今、「朝まで生テレビ」見てます。

テーマはいじめ自殺について。

なるほどなぁと思ったのは、

・メディアによる自殺の連鎖が起きている
 (自殺が騒がれすぎてる。センセーショナル化、美化されている。)

・「いじめ」と「いじめ自殺」は別。
 (実際いじめは発表されている以上、年間何百万件と起きている。
  しかし、だからといってすぐに自殺に繫がるわけではない。)

・教師に力が必要
 (いじめは、いじめた側、いじめられた側が認められなければ教師は何もできない。
 認めさせるくらいの力が必要。)

・いじめはなくならない。
 (思春期を迎えて、親や教師から自立する過程にいじめはある)

確かに上のようなことは、私も納得できます。
しかし、これらは「いじめ自殺」のシステム的な解明です。

あと、伊藤とか言うお婆ちゃんは黙ってほしいです。
日教組に完全に責任丸投げ。
「自分は子供の心をわかってました」だって。

結局、ここにいるパネリストのすべてが親として教師として責任者として

「私は大丈夫。私はちゃんと子供に教育した。しかし、今の日本の教育は、、、」

と、上から目線だということ。

システムの解明として客観的に論証するには、こういった立場
(つまり、自分のことはとりあえず置いておく立場)
が大切なのはわかりますが、

やはり当事者として考えたときに、

「やっぱり、あれでよかったのか。」
「本当に自分の教育は正しかったのか。」
「自分は子供のことをわかっていたのか。」

と、まず自分を思い返すことこそが、
いじめ自殺をなくすために、私たちが本当にできることでないでしょうか。

私の様な全くの第三者が見るにはとても興味深い番組内容ですが、
やはり、「メディアはいじめ自殺を解決できないなぁ」と思いました。
中川や麻生のいう、核保有議論って

「核を保有する」ことが前提になってるからダメだと思うんです。

「日本は核を(法的、財政的に)核がもてるのか?」とか、
「侵略に対して核を持つことは違憲か?違憲ならどのように改憲すればいいのか?」とか、

明らかに、そして直接的に保有前提ですよね。

「核を作らず、持たず」の原則は守ると言いながら、
核保有を前提にした議論をするって矛盾してません!?

彼らはどういう論理で物事を考えているのか教えてほしいです。

彼らは単に核を持ちたいだけなんでしょうか。
その辻褄を合わせるためにこういったことを言ってるのでしょうか。

私なりには、そういう議論をしたいんだったら、

『核保有議論』をすればいいんだと思います。

「確かに日本に対する脅威は存在し、日本はそれに対してなんらかの対策を講じなければならない。
 しかし、日本には非核三原則がある。
 だから、核を持たずにどういった対策ができるのか、いろいろ話合おうじゃないか」
「で、議論の結果としてどうしても核を保有しなければならない結論になるかもしれない。
 だけど、そういうことにはならないように頑張って議論します」

というのなら矛盾が生じていないと思うんです。核の非保有が前提ですから。
国民の理解も得られると思います。
頑張って議論してもらいたい気にもなります。

(私個人としては、日本の武装自体もってのほかですけどね)

ところが、核が保有できるかどうかを、最初から核保有を前提として議論をするなんて、
どう考えたって応援する気にはなれないじゃないですか。

「日本を侵略させたいために何をできるか考え、最大限努力すべきである」
というのなら、
「兵器のパワーで努力」するのではなく、そういうのを使わずに何ができるのか、
「議論に最大限努力」してほしいものです
ちょっと、前に話題の「インターネットエクスプローラ7」を試してみたんですが、

なんですか、あのエラーの多さは!?\(*`∧´)/

全然、使い勝手悪いよ!

やっぱり、ファイヤーフォックスの真似をしてタブ機能なんてつけてもダメだな~

俺は、一生お前を信じてるぜ、ファイヤーフォックス!!



(最近、2.0になって、なかなか使い勝手よくなったよ。あとは、対応ソフトをもっと増やしてくれ!!)
今日学校の帰り、閉店直前のヨドバシカメラによっていったら大変なことになっていた。

約400~500人くらいの人が長蛇の列!!

店員が入り口のところで人壁つくってるし、警備員は

「ここに並ばないでください~」っていってるのにまるで聞く気はないし、、、

そういえば、明日はPS3の発売日だった、

自分的には全く盛り上がってなかったが、さすがアキバはすごい!

っというか、シートとか持ってきて座り込みをしているなら分かる気もするが、

女性や外国人も含め全員立ったまま!!

あと10時間そのままの姿勢でいるつもりなのか、、、

(写真に撮りたかったが、あまりに人が多くて撮れなかった。。残念。。。)

さぁ、机の上を片付けよう

ぬれた布巾できれいにしたなら、

自分の好きなことをやればいいのさ

そう、それが自分を信じるということじゃないかな
このところ、学校でも頻繁に就職セミナーが行われるようになり、
友達同士で
「どこの業界行く?」とか
「○○の企業はもう仮エントリー始まってるらしいよ」

みたいな会話が聞こえてきます。

ああ~これが就活か~と思い、
学校で開催されるセミナーには極力出席するようにしている私ですが、
その一方で、大学院の入試説明会にもいっておるわけです。。。

もちろん、まだ3年生なので今年の入試の説明会に出席してもどうしようもないところもありますが、
一応、早く動くことに越したことはないし、このころから受験勉強始めないといけないみたいなんで、、、

で、この間、私の行っている大学の会計専門職大学院の説明会に行ったときの話。。。

説明会の最後に「在学生との交流会」なるものがありまして、
在学生に対してこちらが2,3人グループになって、好きなことを聞けるようになっているのです。

もちろん、グループの移動は自由。
アットホームな雰囲気で私も何人もの在学生にいろいろ聞いて回っていたときのことです。

丁度、私のグループで在学中の単位について話しているときでした。
在学生の方が「定期試験は簡単ではない。単位をとるのも楽じゃないよ。」といった瞬間!

突然、私がいるグループに化粧のめちゃくちゃ濃い女性が入ってきて

(本当に私が人生で見てきた中で一位二位を争うくらいの濃い人。
 あまりの濃さに年齢は不詳だった。。。)

開口一番

「過去問は回ってるんですか!?

 私の大学では過去問が回ってるから
 授業でなくていいんですけど、

 過去問がなかったら、
 授業でなきゃいけないですよね~」


( ̄* ̄ )・・・・・・・・・・・・・・

さすがに、これには在学生も呆れ顔。。。

一体この人は、人生のうちの貴重な時間とお金を使って何のために大学院に行くのだろうか。。。。

(大学と違ってサークルはないし、バイトもほとんどできず、
さらに就職には不利といわれている大学院にわざわざ行く人の発言だろうか!?)

どうかこういう人といっしょにならないことを切に願いたいと思います。。。