この彦根城のある滋賀県湖東地域は、
東国と西国、北国との結節点です。
 
その為古来より、壬申の乱、姉川の合戦、賤ヶ岳の戦い、関ヶ原の戦い、など、多くの合戦がこの地域周辺でで行われました。
 
おのずと戦略上の重要拠点として注目され、
浅井、六角、京極、の各地元豪族
そして
織田信長は安土に、石田三成は佐和山城に、
長浜城には羽柴秀吉が入っています。
 
 
( お借り画像です)
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関ヶ原の合戦以後の1603年には徳川家康が、
西国大名からの備えとして、この彦根城の築城にかかっています。
完成年は1622年です。
 
幕府を挙げての築城だった為、広大な城域に三重に堀をめぐらせ、
防御のための工夫がいたるところに見られます。
(現在、外堀は埋め立てられてなくなっています。)
 
城域の森には食用になる木を植え籠城に備えたとも言われます。
 
 
 
 
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その城域を一周、ここから数㎞を歩きます。
キャッスルロードから中堀に掛かる京橋を渡った所です。
 
 
 
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京橋から見る長大な中堀です。
 
 
 
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橋を渡ると、次の内堀大手門橋を渡り、大手門に達します。
 
 
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大手門から引き返し、中堀の外周を歩きます。
 
こんなものがあります。これは巡礼道に置かれた「腹痛石」です。
なでると腹痛が治ると思い嫁が石をなでました。
説明をよく読むと、石をなでると腹痛になるとのこと。
エエッ!
嫁はあわてて手を洗っていました。
洗えばよい?
 
 
 
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その近くに有った処刑場と牢跡です。
井伊直弼の側近であった国文学者長野主膳は、
桜田門外の変で直弼が暗殺された後に捕えられ、この牢に収監後この地で斬首されました。
 
 
 
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ここは彦根藩藩士、儒学者、歴史学者である中村不能斎の屋敷跡。
井伊直弼伝編纂に力をつくしています。
 
 
 
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白鷺でしょうか堀と森の中を飛び交っていました。
 
 
 
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中堀もここまで埋め立てられて、住宅が石垣に迫っています。
 
 
 
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石垣の上からじっと水面を見つめている、孤高の鷺?がいました。
 
 
 
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大手門の反対側にきました。
ここには古堀と深い森の静寂の風景があります。
 
 
 
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それに、今も満々と水を湛えた中堀
 
広大な城域には、学校だけでも滋賀大学を含め高校、中学と3校が入っています。
 
 
 
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のちに楽々園と言われるところで、井伊家の下屋敷。
井伊直弼、生誕の場所です。
 
 
 
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舟橋聖一の小説「花の生涯」は井伊直弼を描いた小説ですが、
NHK大河ドラマの第一回に取り上げられて、一躍有名になりました。
 
 
 
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安政の大獄で悪名高い井伊直弼も、彦根では郷土の英雄です。
 
 
 
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功績をたたえた和歌。
一身に責任を負い、日本の開国をなした功績が歌われています。
 
 
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少し離れていますが、ここは「埋木舎」と呼ばれる直弼が青春期を過ごした所。
大老として幕末動乱期の指導者としての資質は
ここで培われたものでした。 
 
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家老、木俣屋敷
 
 
 
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 家老、脇家屋敷 
 
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これは珍しい。
白鳥ならぬ、黒鳥です。
ある時代には「あり得ないもののたとえ」に言われたほどの黒鳥です。
 
 
 
今回は「彦根城外周を歩く」でした。
 
次回まだまだ彦根城の魅力をお伝えします。